プロフィール

9512taitao

Author:9512taitao
[ 山下俊行 ]

1969年生まれ。

【 Vital Energy Body Work 山下道場 】代表


Vital Energy Body Workとは、
ヨーガ・気功・武術・整体手技などを
研究・実践、整理を重ね、
 
とかくバラバラになりがちな

こころ と からだ をより良くまとめられるよう、

東洋の叡智を結集した身体と心の技術体系です。


からだ の状態をもって こころ の状態を導く


中国気功養生の緻密な内観(観察と集中)をベースに、
身体操作・ヨーガや整体・現代型ストレッチなどをとりいれたレッスン内容です。

 
リラクゼーション主体の癒やし効果だけではなく、


ゆるみとしまりのバランス良い関係

「内から溢れる強さ…生命根源の力を高める」


これが主だったレッスンの目的となります。



関節や心・肺に無理な負担をかけず、

老若男女問わずに、

練習に努めることで「結果」

からだの奥底に眠っている生命力を奮い立たせることを狙うレッスンです。



今まで出会った方々

これから出会う方々へ


貴重なるご縁に

感謝申し上げます。




身体に対する意識を高め

自己否定をしない、内から湧き起こる真の「自信」を育て

深い たましい の道行きを 皆さまと共に歩めたら

そう感じ想いながら日々、活動、
発信させていただいております。


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DATE: CATEGORY:お知らせ
ゆらぎ


書こう書こうと思っていて、既に一週間以上経ってしまいましたが、
先週21日の春分の日、
今年から始まる「南信州・古道プロジェクト」の一環として講演をお願いしたく、

「ゆらぎの心理学」の著者であり、
カオテック研究所代表の雄山 真弓先生の滋賀の御自宅まで、
私を入れた事業関係者二人でお伺いして参りました。


「カオテック研究所」
http://chaotech.org/


「ゆらぎ」というのは「波動」です。

私も身体論からなる実践研究者として
「気功」などにおける生理的データの裏付けが取れて、お互いに話しが弾み、
一時間半に渡った会談めいた形となりました。
おかげさまで講演の方の御快諾を得ることが出来ました。


「命」というのは常にゆらいでいないと成りません。

雄山先生の著書の中でも、
宮本武蔵の「五輪書」と女性のここ一番の大勝負、
出産時の状態の共通性について検証されておりますが、

ここぞというときの環境適応力・・・
これは以前、私も記事において触れた「不動心」と同じことです。


非常時ほど問われる変化への対応力・・・
これは〝動じない心〟という直訳的な言葉のイメージからなのでしょうが、

「不動心」とはピタっとした、固着した心が動かぬ状態を指すのではなく
(このような状態を居着き、死に体 しにたいとも言います)、

心においても体においても、中心点は据えたまま「ゆらぎ」を保持し、
変化に対して、いつでも反応できる状態のことです。

これは私が気功学上で良く説く「松緊度 しょうきんど」・・・
ゆるみ と しまりの関係と同じ状態です。


一般でいうリラックス・・・ゆるみ過ぎれば「たるみ」と成り、

しまり過ぎれば「こわばり」・・・過緊張と成ります。


そのどちらかに傾きすぎては、人間はいざというとき・・・

たとえば災害時などに反応して「対応」することができない。

この「ゆらぎ」の幅が、バイタリティふくめた生命活動の幅であり、
本人の命の幅でもあります。



雄山先生は、指尖脈波(しせんみゃくは)と呼ばれる
指先から得られるバイタルチェックから、
コンピュータ上のカオスアトラクターという非線形の「波」として、
心の状態の視覚化をはかり、

鬱や認知症レベルの高い方々のデータを取り続けて
研究を続けておられる方です。
鬱や認知症の方はやはりこの波・・・
「ゆらぎ」の幅が少ないことがデータからわかってきております。


その研究は常に社会にお役立ていただけるように、
最近ではモバイルなどの端末を活かしたハンディな機器の開発をはかり、
歩数計を見るように、いつでも自分の状態をチェックできるような
自己診断システムの実現を目指しているそうです。

「気功」も内観を通じて、自身の感覚の変化を追う

「意識化をはかる作業」と言えますが、

こういった見えない世界を、機器を通じて視覚化するのも、

「意識化をはかる作業」と言えます。

それと人は〝気をつける〟ようになりますからね。



講演に際して「ゆらぎ」と「古道」とどう関係があるの?という向きもあるかも知れませんが、

「古道」も、その交通の要所に存在する神社仏閣も、

この「ゆらぎ」が活性化している場所です。

それは私たち市民プロジェクトも
一昨年から、同じソフトで指尖脈波を通じて測定をし、
神社での気功前と気功後における、
その如実な心身の変化のデータを積み上げて参りました。



雄山先生曰く、自然現象は総て「カオス」であるとのことです。

カオテック研究所、サイトによる「カオス」の説明です。
〝カオスとは、あるシステム(系)が確固たる規則(決定論的法則)に従って変化しているにもかかわらず、非常に複雑で不規則かつ不安定にふるまい、遠い将来における状態がまったく予測できない事象のことです。〟



小宇宙と大宇宙とは良く言われることですが、
人体が刺激に対してその健全さを保つために、
自然治癒力など適宜に対応するための自働調節機能を備えているように、

自然もまた、その恒常性を保つための調節機能・・・
自然現象という見立ては納得のいく話しです。


たとえば人間にとって無慈悲ともとれる自然災害・・・
これは地球規模で捉えれば、
自然自身のセルフケアと解釈することもできます。

自然は人間のこうあってほしいという気持ちを汲み取って
機能しているわけではありません。

またひとりひとりの情感を汲み取っていないからこそ、
陽の光りのようにあまねく全ての人々が、
差別なく生命の恩恵を受けられている、という見方も出来ます。

そうだとするならば、自然が具合悪くなるような環境に対する振る舞いを一切止めるのが、
今後の人類のつとめだと、私は想うのです。


大御食たんとう気の測定 小笠原親子波形 うねり



雄山先生の講演日程の詰めはまだこれからで、
また別にお知らせいたしますが、

先生にはこの「ゆらぎ」とは何か、
その研究見地からお話しをしていただきたく思っております。


雄山先生は御年70代の女性学者です。
常に社会にお役立ていただきたいという高いお志と、
純粋な研究熱に突き動かされ、
それが若さの秘訣にもなられている素敵な方でした。


お話しされていたことで感動的なものに、
さぁ、これから学者にというときに、
お父様が娘である雄山先生のために時間を作り、

当時、神奈川県は大磯の自宅を出て、東北大学のある仙台まで来られて、
〝なぜ学者になりたいのか?〟と話しを切り出したそうです。


このお父様というのが、当時民間の会社の研究所長をされていて、
日本科学工業賞や大河内賞も受賞された、
優れた研究者であったそうです。


〝なぜ学者になりたいのか?〟 雄山先生はいきなりそう聞かれて首をかしげながら
〝好きだから?〟と答えたそうです。

それを聞いた雄山先生のお父様は
〝ただ好きなだけではだめだ。 
ヒューマニティーのない学者になるんだったら、今すぐ帰って来なさい〟と、
厳しく言い放ったそうです。

それを70になられた今でも印象的にお話しされるということは、
学者になる「根」として、そのとき相当ビカッと落ちたのでしょうね。


物事好きなだけで続けるには不足な「根気」、「決心」・・・
それをしっかり養うことの大切さを考えさせられるお話しだと思います。



ご興味ある方は「ゆらぎの心理学」、
よろしかったらお手に取って読まれることをおすすめいたします。
読みにくい学術書のようなカタい文章ではありませんから。







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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

tag : 人間の可能性 心と体

DATE: CATEGORY:即興 「 天地 あめつち の舞い 」
「 曼陀羅 」に詳しい研究者をして、収縮と膨張を繰り返すマンダラのようだと言われました。


即興「 天地舞い あめつちのまい 」

2012_06_08k20003.jpg



静中の動 動中の静

静のなかに動を求め 動のなかに静を求める

武術家上がりの「舞い」はどこで停まっても

歩む足 繰るその手に

瞬間的に力を発する「打気 うちき」を宿していないといけない



身体曼荼羅

http://www.youtube.com/watch?v=zqM6tH5xCHE&feature=youtube_gdata_player

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DATE: CATEGORY:感性文
月があり 太陽があり

陰陽のことわり

惑星の波動のなか

わたしたちはいくつもの時と空間を経て

ここに存在している


表面下の暗闇のなかにこそ大きな動きがあり

地にしっかり足を着け

地中深くに根を広げては 栄養・栄気をその心と身体に満たし

胸やひたいを天にさらして

陽の光を 風の動きをからだに感じて

歩いていこう

どこまでも

山下 俊行

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

A Place In The Sun (太陽のあたる場所) / Stevie Wonder (1966)

words & music by Ronald Norman Miller & Bryan Wells
translation by Miya_Juryou

Like a long lonely stream
I keep runnin' towards a dream
Movin' on, movin' on
Like a branch on a tree
I keep reachin' to be free
Movin' on, movin' on

長く孤独なせせらぎのように
僕は夢にむけて走り続ける

進むよ 進むよ
木の枝のように

僕は自由へ手を伸ばし続ける
進むよ 進むよ

'Cause there's a place in the sun
Where there's hope for ev'ryone
Where my poor restless heart's gotta run
There's a place in the sun
And before my life is done
Got to find me a place in the sun

だって 太陽のあたる場所があるんだ
そこでは全ての人に希望があるんだ

そこに僕の貧しく落ち着かない心を駆け込ませなきゃ
太陽のあたる場所があるんだ

そして僕の人生が終わる前には
見つけなきゃ 太陽のあたる場所

Like an old dusty road
I get weary from the load
Movin' on, movin' on
Like this tired troubled earth
I've been rollin' since my birth
Movin' on, movin' on

古く埃っぽい道のように
僕は重荷にうんざりしている

進むよ 進むよ
このくたびれたトラブルのある地球のように

僕は生まれてから転がり続けている
進むよ 進むよ

There's a place in the sun
Where there's hope for ev'ryone
Where my poor restless heart's gotta run
There's a place in the sun
And before my life is done
Got to find me a place in the sun

太陽のあたる場所があるんだ
そこでは全ての人に希望があるんだ

そこに僕の貧しく落ち着かない心を駆け込ませなきゃ
そうだよ 太陽のあたる場所があるんだ

そして僕の人生が終わる前には
見つけなきゃ 太陽のあたる場所

You know when times are bad
And you're feeling sad
I want you to always remember

そうだよ 悪い時期は

そして君が悲しみを感じる時は

いつだって思い出してほしいんだ

Yes, there's a place in the sun
Where there's hope for ev'ryone
Where my poor restless heart's gotta run
There's a place in the sun
Where there's hope for ev'ryone
Where my poor restless heart's gotta run
There's a place in the sun
Where there's hope for ev'ryone...

そう、太陽のあたる場所があるんだ

そこでは全ての人に希望があるんだ

そこに僕の貧しく落ち着かない心を駆け込ませなきゃ

https://www.youtube.com/watch?v=-JBk0FnM3vw

*原曲はスティービー・ワンダーですが、歌うは浜田省吾です(笑)

陽の当たる場所


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DATE: CATEGORY:所感

「気骨」とは、骨に気が宿った状態を指します。

そしてその骨に気が宿ることは、

かたいものと やわらかきもの・・・体内の水分調整や、健全な骨髄の状態とも関係深い、

腎臓の健康…「腎の気」の養成と密接です。


先人はこの「気骨」に溢れていた。


「気骨」満ち溢れていたがゆえに、


外部にとって容易に抗しがたい態勢や、強く立ち上がる力を身につけていた。


現代を生きる私たちは、それと気づかぬように目隠しをされ、

エネルギーを奪われ、

あれだけヒットした映画がありながら、ほとんどの者が目先のこと、

マトリックス状態に甘んじて生きている。


腐ったイジメ根性たる若い芽を摘むメディア・権威の在りかたや、買い占めのような浅ましい愚は何事か。


「恥を知る」ことを呼び起こすのだ。

その心の姿勢たるや、それは外堀を埋めることではけして出ようがない、


人としての凛とした強さ・美しさをもたらす。


正しく「気骨」を養うのだ。 次代に繋ぐためにも。

鉄砲柱① 君背負いし

朝陽のなかで自由に (3)

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

DATE: CATEGORY:所感

故 石ノ森章太郎先生に捧ぐ

孤高のヒーロー作品群。


あなたの作品でインスピレーションを得、

力とし、現実を乗り越えて参りました。


あなたの作品で育てていただいたようなものです。

ありがとうございます。



仮面ライダー…二度と人間に戻れぬ苦悩を抱えながらも、
敢然と立ち向かった男たちの物語。


全身五体で相手にぶつかっていくこと。

「闘い」とは痛みがダイレクトに相手と自分に伝わることであり、

ゆえに「闘い」の果ての終わりのなさ、

虚しさを知っていく。


最近の作品の、銃を持った排除傾向のバスターと

手足を駆使した「闘い」は、

まったく質が違うものである。

仮面ライダー


『 仮面ライダーと公害問題 』

https://www.youtube.com/watch?v=ngRbDfpJRSc&feature=share


動画は原作者である、石ノ森章太郎先生自身から語られる「仮面ライダー」の誕生エピソード。


「闇」がもたらすイマジネーション力。

仮面ライダーは大自然の使者というコンセプト。


現シリーズはどうかな。侵食されたのは果たして公害だけかな。

わたしたちのスピリットまで侵食されてはいないだろうか。

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

DATE: CATEGORY:所感
昨今の「仮面ライダー」の制作ぶりを通しても、世の中が観えます。



アニメ特撮黄金世代として、また普遍的なところで、とことん言及したいと想います。


戦いに勝利したところで、必ず残る「心の痛み」・・・かつてのヒーロー番組はその「本質」を子どもたちに伝えていたと思います。

昨今の、排除開始でセーセーしたぜ、のようなものとは明らかに違いますよね。

20130729062520.jpg


勝つことは、負けた者を背負う行為だと感じます。

最近の仮面ライダー?はわからない。造形を観てもカッコよさを感じない。

私の最初の武術の師とも言える、愛する「仮面ライダー」という作品を、

その過ぎたおもちゃ商法で、コドモオトナが食い物にして世に提供し続けている・・・。

とても残念でならない。

ファースト


テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

DATE: CATEGORY:所感
「 誰がために 」

君は 誰がために…


サイボーグ009、仮面ライダー、キカイダーなどなど、

故 石ノ森章太郎先生のヒーロー作品に共通して言えること・・・これは私はいくらでも持論を展開できるのですが(笑)、

まず「人」でないものを通して、
より「人間」を描こうとしたこと。

その抱える良心持つがゆえに(キカイダーにおいては敵組織で作られながら、良心回路を埋め込められたが故の苦悩を描く)、
誰からも見向きもされず、 時には能力ふくめた、その特殊性ゆえに忌み嫌われる状況のなか、
自分たちの出来うる可能性を最大限に模索し、
葛藤し、
苦悩を抱えながらも、
世界に向き合っていく…

009


「仮面ライダー」…全身機械と化したサイボーグと、遺伝子レベルで組み換えられた、
二度と人間に戻れぬ者たちの闘いの物語。

仮面ライダー


平成に移行してからの最近の作品をたまにチェックしてみると、いつでも人に立ち戻れるアイテム仕立てのスーツ変身が目立つようです。
おもちゃ商法が前面に出すぎた、目に刺激的なカラーリングと無駄な突起が目に付く造形がどうにも気になるところ。

当世風


「闘い」とはどういうことか。
全身五体を駆使し、身を危険にさらしながら相手の制空権に飛び込み、
手足を駆使して闘う旧来の仮面ライダー。

相手を傷つけることは、自分もまた傷つくこと。
「闘い」とは、それらを肌で知るためのひとつのコミュニケーションです。

武器にいたっては剣まではいいが、銃を取り、
距離をおいて敵を掃討するやりかたは、

「闘い」ではなく、バスターです。


痛みの伝わりかたが違ってくる。


認められない、異なるものを「排除」していくやりかた。



以前、「大和」とは、大いなる調和をいうと問きました。

私も出来た人間ではありませんが、この調和を重んじてきたこの国の作品が、


目に新しい、気を引くフォームチェンジを早いサイクルで実現し、
スマートに敵を滅却するような描写が目立つ作品を


子どもたちに観せていること。


まったく嘆かわしい限りであり、今の子どもたちがかわいそうだ。



誰がために

君は誰がために…

https://www.youtube.com/watch?v=W4CjzMjcM8U


テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

DATE: CATEGORY:所感

「根気よく」という言葉があります。

「気」がなんちゃらだと特別わからなくても、私たち日本人は感覚的には良くわかってます。

その「気」という言葉は、私たちが無意識にも紡ぐ言葉のなかに、
実に多くも流れているエネルギーみたいなものです。


気にいる・気に入らない、雰囲気が良い、気が向く・気が向かない、エトセトラエトセトラ・・・

病気などは正に、「気が病む」と書くわけです。


気功はそれらなんとなく済ませてしまっているものを、いちどしっかりと意識化する作業と言えます。



「凝神定意 ぎょうしんていい」

「神」は精神・・・この場合は大脳の生理機能を指し、「意」は意識のこと

定意…何事も「意を定めて」行うこと・・・「決心」するということ。

それは気持ちの取り決め、気持ちのシステム。 心の装置と言えます。


「注意を払う」の注意とは

意を注ぐとありますものね。


注意をすれば そこに「気」は宿る




「根気」とは何か

私がエナジーボディーワークを教えるに当たって、とても重視する取り組みに「たんとう」という立ちかたがあります。


正にこの「根気」を養い

大地とアクセスし 天とつながる


こんこんと骨盤内の「内気」が発動し 身体には「空の体認」が生じ、

毛穴が開き 呼吸法に特に努めなくとも、 「自然と」身体全体で外界との呼吸が始まる。

命の力が躍り出す・・・

DSC_0088.jpg

花開くは「根」がしっかり育ってこそ

わたしたちの「根」はどうかな

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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

DATE: CATEGORY:所感


向上心の強い方ほど「悟りたい」と良く言われます。

以前、私がヨーガだけを教えていた教室においても、「悟りたいんです」と言って、
入門される方がいらっしゃいました。

私も今思えば、どちらかといえば大変な半生でしたから(笑)、
「早く悟って、この世の中と早くおさらばしたいっ、長生きなんかしたくない」
年若い時はそんな不遜な考えかた(笑)でありました。


「目的」 と 「手段」は違うように、

「悟り」もまた、それを「目的」にするものではありません。


以前、『 事足るを知る 』という記事において、

〝わたしたちは今まで、足し算ばかりで 生きて来ました。

それはほんとうに辿り着きたい豊かさの追求、
人間の進化・発展の姿であったでしょうか?

むしろ感性的には退化してはいないでしょうか〟

そして、

〝これからは引き算〟だと。


「悟り」もまた、そうした心と身体の作業・・・引き算の 「結果」、

「結果っ」(笑)、たなぼた的に「腑に落ちていく」もので、

そうしたときに〝あぁ・・・〟と、先のような 「 事足るを知る 」 境地が立ち現れたりするものです。

そしてそれはひとつの「悟った」ことで終わりではなく、

いくつもそういった境地を折り重ねるようにして、沈殿物が底に落ちてクリアと成っていく水のような姿勢・・・その在りかたを「覚者」といいます。


「悟り」とは、

言わば無駄な(無理な)動き、無駄な(無理な)考えかた、

それらひとつひとつを無くしていくなかで浮き上っていく生成過程とも呼べるものです。

余計なものを削ぎ落としていくことで 浮き上がり、観えてくる大切なもの。


わたしたち自身のなかにある原初生命の感覚に立ち返るであるとか、 

からだの声をつぶさに聴くこともそう、


「悟り」とは、「引き算の結果」であり「目的」ではない・・・そう私は心得るのです。

下津の浜③

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

DATE: CATEGORY:所感

弥生住居のたたずまい。

縄文も弥生も、

そりゃあ、季節風雨の影響力を直に感じてるからこそ、

からだの感性力…自身の「自然の声」を忠実に聴くわけだ。



宗教性がどうこう以前に、

自然とお天道さんのありがたみを感じて、

太陽…陽の光を拝むようになるわなぁ。

養命酒




テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

DATE: CATEGORY:所感

蛮勇による強さをふるう者は達人ではありません。

武術に限らずですが、

無力感や挫折を味わい尽したあとの「結果としての強さ」・・・

それを身にまといし人を、達した人・・・「達人」といいます。

バガボンド (2)

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

DATE: CATEGORY:教室日記

先日、「カントリーカフェ」でのレッスンに、ご夫婦そろって初参加された方から、
たいへん貴重なコメントをいただきました。

学ばれる方の、その身と心に少しでも落ちるものがあれば、
お伝えするこちらとしては何よりと感じます。



今まで出会った方々、これから出会う方々。

そのすべてに感謝を込めて。


「エナジーボディーワーク」 山下 俊行




〝 先日は、有意義な時間をありがとうございました。
毎日が、あっという間に過ぎてしまうような日々を過ごしている私たちにとって
心と体のリフレッシュが出来ました。
「気功」体験は、初めてでしたが、力を入れる事ばかりの私にとって、
ゆるむ ということを教えて頂きました。

あの後、青天の霹靂のような出来事が起こりましたが、「今の私に必要な事だったのだ」と素直に受ける事が出来たのは、
右脳で受け止められたからだと思います。

全てを必然だと受け止めます。

そして、新しい出逢いに感謝いたします。


「学び」について、語られた先生のお考えに同意致します。
私も、人前で話すことが多いですが、同じようなことを感じております。
人の人生を背負うことは 出来ません。
頂いたご縁を大切にしながら、「情熱と情報」を伝えさせて頂きます。

次回を楽しみにしています。 よろしくお願いします〟

カントリーレッスン (2)


テーマ : 人生を豊かに生きる - ジャンル : 心と身体

DATE: CATEGORY:教室日記
水曜日、「カントリーカフェ」にて教室指導でした。

教室に続けて通われている看護師をされている方から、嬉しいご報告。
インフルエンザなどによるものではなく、先日、過去にないくらいの高熱を出されて、
熱を出し切ったあとは、嘘のような身体の軽さをご経験されたとのこと。

これは東洋的身体観に基づいた見解を述べますと、
出会った頃は終始いろいろなことに振り回されて、いつも疲れを訴えていたこの方の身体が、
ボディーワークによる深いリラクゼーションの蓄積によって、
身体のなかの不要なものを、発熱をともなって排泄するまでに、
この方、本来の体力が戻った証しです。

この辺りのことは、風邪は自然なる調整作用と説いた、「整体」という言葉をメジャーにされた巨人、
野口晴哉の名著「風邪の効用」に詳しいので、よろしかったら一読をおすすめいたします。
駅前何十分いくらなどの整体マッサージとは違う、深い洞察に基づいたものを感じられることと想います。

http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480038074/



当日のレッスンは新しい方が二人加わりました。ご夫婦です♪
これは、パートナーシップを深めるペアワークの伝え甲斐があるなと、
整体セルフケアの技術と共に、しっかりお伝えさせていただきました。

お二人とも、ふだんかなりお忙しい様子でしたが、レッスン終了後はこちらのボディワークの初段階におとずれる、
あたかも温泉に浸かったような深いゆるみを体感されていかれました。
これからの暮らしの充実にお役立ていただきたいと願うばかりです。

カントリーレッスン (2)



さて、ここからがタイトルの「学び」とはなにか・・・
これを読んでくださる皆さまとご一緒に感じ考えたいところであります。

このところ痛切に感じていることですが、

どうも人からものを学ぶということが、自分のお金と時間を好きなときに一方的につぎ込めば、
いつでもお気軽に手に入れることができる、そしてお気軽に自分の都合を優先させて休むことができる(怠けることができる)、
学びという文化が、お手軽な消費意識にまで落ちて、
多くの方々がその意識にべったり頭を支配されているように強く感じます。

で、そういう方に限って、あっちの教室ふらふら、こっちのセミナーふらふらと渡り歩いては、
そういうところに出入りしていることで安心し(常に外部に保障を求めて終わることがない)、また行動している気になっているだけで、
そういった方々をいろいろと多く観て参りましたが、
あれも良いこれも良いと、いろいろなところに通いながらもまったく「学び」が本人のなかに落ちていない。なにも学んでいないんです。


私は東洋の身体文化というひとつの領域を、30年修練し、
そしてそれを伝える立場として今こうして在りますが、
現代人の多岐に渡る忙しいライフスタイルやニーズに合わせて、かなり柔軟に教え方・伝え方を工夫して参りました。

伝統文化の世界では秘匿とされタブー視されてきたようなことも、
けち臭いこと言うなよ、これからは情報開示だと、
教室や講座、Web上でもほとんど連日、この一年間たれ流し状態です(笑)

続けてみてわかったことですが、最近は先人がなぜ秘匿してきたのか、
それは人を信用しない猜疑心からではなく、
人間心理など、深い洞察に基づいてきた「知恵の結晶」なのだなと、改めて強く感じております。

私は生徒さんや受講者に対して、「型」をただ盲目的に伝えるやり方や、
自身が修めて来たような激烈な修行など勧めてもおりません。

たとえば断食なら、断食道場などに通わず、
独力で普通に仕事をこなしながら一週間断食をしたことがあります。

実際、日給月給のボンビーで、仕事を休んで断食道場などに通えなかった当時の事情もありますが、
それでも独力で断食という「学び」に、そのとき私は用事がありました。



何かものをしっかり修めたい場合、「学び」というものは一定期間、
寝ても覚めてもそのことが頭から離れないくらいでなくては、到底〝身に付く〟ものではありません。

なんでも理屈抜きに続けてみなければ、見えてこない領域があります。

私の経験則を話しますと、一週間続いたら一か月続きます。
一か月続いたら三か月続きます。
三か月続いたら、半年続きます。
半年続いたら、一年間続きます。
一年間続いたら、あとは本人の適性によってオートメーションです。

一年間は適性・不適正の判断の目処です。
これは「毎日」、本人も創意工夫をして、少しづつでも続けた上での一年間の尺度です。

よく簡単に教えてくださいと、こちらが血道をわけて身につけて来たことを、
口をあんぐりと開けるようにしてただ待っている人がいます。

私は知っていることは、割とたやすく教えてしまう方なのですが、
人に軽々しく教えを乞う前に、まずご自分なりにモノを調べてみて考えて、
それをされて初めて「どうでしょうか?」と伺うのがスジというものです。

そういう方に何かを教えたところで、「へ~・・・そうなんだ」といった感じで、
その方の耳に残ったことなど、経験上まずありません。



私は30年間、修行の日々を過ごして参りましたが、
横浜から長野に越してようやっと10ヶ月、まだ土地に根付いていないせいもありますが、
現在、生徒さんや受講者のほとんどは一か月にいっぺん通われているペースです。

それでもご自分で時間設定をして、実直に続けておられる方は短期間で変化を体感されています。

ご自分でしっかり意識づけをもって設定して、レッスンに励まれる方は成長も早いです。

やはり何かに当たっての心決めは大切な姿勢です。人それを「決心」と言います。

「決心」なくば、何事もまま成りません。



これは初めてレッスンに来られた方にもお話し、また今後のためにもレッスンを受けられる方には別でお話しして参りますが、
一か月に一度のレッスンをご自分の都合を持ち出して簡単にキャンセルされる方がいます。
それぞれ忙しいのはわかります。しかし、ご自分でその設定時間を一度は呑んだわけです。

先ほど一年間の経験則のお話しをしましたが、一か月にいっぺんならば、
一時間半ないし二時間のレッスンを12回しか経験しないわけです。
その貴重な一回を休むわけです。
いったい何を本人は学び得たいのでしょうか?

参加の名乗りを受けた以上、こちらもその参加者のためにテキストを用意し、
空間も想定し、エネルギーを注ぐわけです。
そのエネルギーの流れをその方たちは絶つわけです。

エネルギーの話しをします。こうしたエネルギーの流れは残念なことに、
こちらもものすごく消耗します。
本人の都合だけで済む話しではなく、相手のエネルギーを著しく奪う行為です。


一事が万事です。

「豊かさ」とは何かと考えてみます。

「豊かさ」とは流れです。

この世界において過不足のない、健全なエネルギーの流れです。

通いながら「技」を盗むのはまだいいです。なにか他でお役立ていただけたら何よりです。
しかし、相手のエネルギーを奪うことはとても罪なことです。
この罪の意識が、こういった方々はほとんど皆無であり、
相手に対してものすごく失礼を働いていることに気づいていないです。

断り方が下手な人が多いですが、こうした方々は、
相手も大切にできませんし、表裏一体、自分も大切にできてもいません。
それでいて自分の悩みの多さは訴えます。変わりなくいつまでも。


私は悟りました。 中途半端が相手にも自分にも実に良くない関係だと。


また相手を泥棒にしているのも自分なのだと悟りました。


私はひとりなんぼの計算やガキの使いで、貴重な人類の身体文化を伝えているわけではありません。
今後は一か月にいっぺんも通えないような方々にお伝えすることは止めにいたします。


私は本気で学ぶ意志のある方には、知りうる全てを伝えて参ります。


ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。


大御食たんとう

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DATE: CATEGORY:所感

本日、気にいりの「悠合カフェ」でランチしました。

https://www.facebook.com/yougocafe

ここのローストポークは絶品なのです。

近隣でまだ行かれていない方にはおすすめいたします♪

悠合カフェ (2)


先日イタリアの旅から帰国された、この店のご主人と、
ちょっとしたお話しをして参りました。

同じヨーロッパでも、ワインもチーズもフランスのものに比べて「軽い」こと。
これはこの国の「気質」の軽さなのでしょうね、イタリヤは軽やかな国なのだと想います。
彼の国にプレイボーイが多いらしいのもそのため?(笑)


ご紹介いただいた流動物理学の本について。
すべての人の根源的欲求において、流れを良くしたい想いがあること。
人が誰かとつながりたいのも、そういった想いの現れでもあろうこと。


FB上でもご主人とやりとりした脳科学者 ジル・ボルト・テイラー氏の体験知について。

http://newsbiz.yahoo.co.jp/ted/detail/229

人が個であること、一体となる根源的想い、
ご主人はもうひとつ、その両者を観察する第三者的視点のお話しをしましたが、

その両者をとりまとめ、観察する視点が「気」と表現されるものの働きであり、

その働きを、より精度よく練り上げていくのが、

本来の「気功・・・気の訓練」です。


気功というのは理屈抜きの、〝実践〟宇宙哲学のことです。
何万年も前の古代の人々が感じていたことを、システム化したものとも言えるものです。


世には新薬の開発とともに新しい病気が比例して増えている現実もあります。
科学は「発見」の名のもとに、次々とその枝葉を広げていく一方で、
実は古代社会で人々がわかり、実践していたことの後追いをしている面があります。

科学的アプローチは〝あたまの整理〟には必要なことですし、現代的にプレゼンテーションする上でも有効な手立てではありましょう。

人はここまで来た以上、そういったアプローチと並行しつつ、
ブラックボックスのような古代の営みに想いを寄せる謙虚さや、
わたしたち自身のなかに流れている宇宙の掘り起こしが、
これからの時代を賢明に生きる上での大きな推力となる気がいたします。

そんなことをつらつらと感じる、午後のひとときでありました。

よだぎり川

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DATE: CATEGORY:所感

好きな映画のひとつで、
公開当時、新宿コマ劇場合わせ、その後ビデオやDVD合わせて、
何度も観た映画です。

この作品が公開された頃は、東京下北沢のフラメンコスタジオに通っておりました。

他のレッスン生と食事のときに、この「レオン」の話題となり、
アパレルに勤めていたレッスン生のひとりが「なんでジャン・レノがあんな小娘に一生懸命になるのかわからない」に、
あのとき君は若かった(笑)私は、それを聴くなりちょっとムキになったのを覚えております。「わかってねぇな」と(笑)

ファン心理としてのいかにも女子的な感想もわかりますが、

イタリア系移民、
リトルイタリアで教養も与えられずに裏社会で暗躍するスペシャリストに育てられた主人公。

日々の鍛練をかかさず、自身のうつし身のような観葉植物を愛で、
たまの娯楽はさびれた劇場で、子どものような眼差しで「雨にうたえば」などの古い映画を楽しむ。


マトモな環境でないと感じるからこそ、らしく生きたいと願うなかで事件に巻き込まれ、
愛する弟も守れずに自身の無力さを知るヒロイン。


干渉し合わない都会のアパートの住人どうし。そんな二人が事件をキッカケにして「出会う」ということ。


危険を見過ごせず、部屋に引き入れた主人公。
闇稼業である主人公の、その道具立てをひとめ見て、
意外にも「素敵・・・」と言い放つヒロイン。

そんなヒロインが命の危険にさらされている・・・そりゃあ、全能力を駆使して守りきろうとするでしょうよ。

当時若いなりに、そんな感慨を持った映画でした。



ラストシーン、
うつし身である観葉植物がヒロインの手によって地に植えられる。

根無し草だったレオンが大地に根を降ろす・・・
私にとってはとても印象的なシーンとして記憶に残っています。


作品全体の世界観を表現するようなスティングのエンディングテーマ
「 Shape of My Heart 」も素晴らしいです。

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DATE: CATEGORY:お知らせ
あるプロジェクトの会合に参加して、夜の国道沿い、
酔いもいい感じに歩いて帰ってきた。

そぼ降る雨、春の息吹きとともに肌にしみこむ夜気の心地よさ。
すこぶる気分がいい。

それは日本のこれからの胎動にもつながる、意欲的なプロジェクト。



歴史深い、古代の息吹きがそこかしこで噴き出すのを待っている、
南信州はここ伊那谷(いなだに)。

古道②


日本の体内を貫く、交通の要所であったこの土地に生かされていること。


「道」とはなにか。

それは水路と同じように、流れ つなげるもの。

自然の経絡・・・「気の通り道」である。

かつて何が流れ、そしてつながっていたのか。

それを知ることは、この国の精神的支柱にも関わる「知恵」の掘り起しでもある。

古道④


各研究の開示が、この春から始まる。実に楽しみだ。

それはたとえば「東山道 とうさんどう」だったりする。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%B1%B1%E9%81%93

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DATE: CATEGORY:功法紹介

天と地のはざまにて

みなさま、

いかがお過ごしでしょうか。




右のろっこつの下あたり、

まず手をあっついというくらいこすり合わせます。

あたためた手のひらを重ねて

静かに手を当てます。

目は仏像のような半眼で・・・不思議と気持ちが落ち着くものです。




「肝」・・・肝臓だけではなく、

それを中心とした経絡・・・気のネットワークそのものをいいます。


季節に相当するは「春」、

気の運動としては上昇エネルギー、

感情の動きに影響するは「怒り」




ふだん飲みすぎ のかた、怒りやすいかた、

筋肉やスジを痛めているかたにも

「肝」のケアをおすすめいたします。




みなさま、良き1日を♪



写真は、京都鞍馬寺近くの駐車場の犬たちです。

鞍馬寺の犬たち

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DATE: CATEGORY:教室日記
南信州は伊那の谷。

今年二月、記録的な二度の大雪のあとは晴天続きでしたが、

レッスン当日は外静やかな、禊ぎ(みそぎ)の雨。

汚れきった雪跡を流すように、天が大地を洗ってくれます。
まったく無駄のない、自然の浄化システム…。



先日は「カントリーカフェ」で教室指導でした。

カントリーカフェ④


マスク姿で現れた生徒さん。
聞けば三日前から風邪の症状があるという方。

熱風邪はまだ体力がある証拠で、言ってみれば身体の火起こしによる、
異物を排出しようとする浄化システム。

下手に熱を抑えるよりは、発散するだけ熱は出しきって、
鎮静化するまで待ったほうが良い場合があります。

この日来られた方は、鼻やノドの呼吸器系に来る風邪。
熱も出ないほど体力が低下しており、身体のなかが冷えている状態でした。

また他の方は、大雪のダブルパンチで、
連日の雪かきによる全身疲労で腰の痛みの訴えもありました。
こちらも腰から足腰までの冷えが目立っておりました。


余程、症状が酷い場合は、判断で本人たちにも帰宅を促しますが、
多少の不調を抱えていても教室に足を向ける気持ちの強さが、そのままこの方たちの潜在的な命の強さを現しています。


私の伝える気功は「積極的休息」


何もしないでそのまま眠るよりは、深いレベルで調整作用が働き、
当人の身体は自身の「自然」を取り戻そうと、無理なく動き始めるものです。


当日は整体セルフケアの技術をじっくり伝えて、それぞれに冷えとりの調整を少し施しました。


自律神経も安定して、深いリラクゼーションを体験したら、

ゆるみ から しまり へのシフト。


本人の命の力を更に引き上げる「底力」となるべく、

中国気功の精髄を、写真の「たんとう」という訓練を通じて伝えて参ります。


レッスン終了後はそれぞれに楽しく体験・体感を語る、お茶シェアタイム♪


教室に来られたときは、不調を訴えて皆さん半分死んでおりましたが(笑)、
レッスン終了後は元気に回復しており、なんとも賑々しく帰っていかれました。


そんな感じで、それとなく本人も知らずに、

いつまにか体力がついていたり、からだの内側から綺麗になっていけばいい…


それが私の純然たる願いであり、

それこそ それはゆっくりと、草花の成長を見守るようなものです。

カントリーレッスン①

大御食たんとう

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DATE: CATEGORY:所感

男は愛しきること 守りきる意識を抱くことで

はじめて人として強くなれる生きものです。


女はそういった男の「愛」を一心に受けることで 安心感を抱き、

はじめてその受容性たる「女性性」が開かれ

男を元気にしてくれる生きものです。


男は包容力、女は受容力。


それは互いに相互転化されていき、
しっかりと機能すれば世の安心へと連なる純然たる貴きエネルギーです。

この社会の安寧秩序をもたらす、最小たる原点たる貴き姿です。


いつか書かねばと想っていたことですが、わかりますかね?わたしの言ってること(笑)

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映画「たそがれ清兵衛」主題歌

決められたリズム - 井上陽水
Fom the Movie, The Twilight Samurai (2002)


起こされたこと 着せられたこと

凍えつく冬の白いシャツ


せかされたこと つまずいたこと

... 決められた朝の長い道


ふざけ合うたび 怒られたこと

静けさを区切る窓の中


配られた紙 試されたこと

繰り返し響くベルの音


声をそろえて ピアノに合わせ

大空に歌声 決められたリズム


笑われたこと 立たされたこと

残されて ひとりガラス窓


許されたこと ほめられたこと

うつむいて歩く帰り道


驚いたこと ときめいたこと

渡された白いラブレター


愛されたこと 選ばれたこと

初めての夢のプレゼント


声をそろえて ピアノに合わせ

大空に歌声 決められたリズム

- 井上陽水 : 歌/作詞/作曲

たそがれ③

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DATE: CATEGORY:所感

人が何かを覚悟したり、強く心決めをしたとき、

その身体の内側・・・内圧から漏れ出るような、ときには本人もそれと知らずに頬をスーッと伝うような涙もそうですが、
そういった状態のとき、
人はある種の「神性」とも呼べるものをまとうものです。

「たそがれ清兵衛」

藤沢周平原作の映画であり、
美しく、心の深いところに染み渡る映画です。  

「二人の娘が日々育っていく様子を見ているのは・・・たとえば畑の作物や草花の成長をながめるのにも似て・・・実に楽しいものでがんす」

この台詞に、この作品の主人公の人としての強さが、すべて現れていると言っても良いです。

たそがれ①


子育てにせよ、人さまの指導にせよ、あらゆる諸事において試される、
事の成り行きを見届ける強さ。 

「待てる」からだとこころの強さ。



作中でまた印象的なシーンは、娘が家の手伝いをしながら「論語」の素読をするシーンです。
学びかたには、即時的な知識の詰め込みや、
年齢に合わせて難易度を下げた行ない方もありますが、

ほんとうの学びとは、そのときは良く分からなくても、
いずれ本人の成長とともに理解が追いつき、
机上から世間という野に出たときに、知識がより良く生きていくための「知恵」と成っていくのが、
ほんとうの深い学びです。

シーン中で娘は父に問います。
「縫い物は暮らしの役に立つけど、学問は何の役に立つ?」

女が学問などという時代に、主人公である父はこう応えます。
「学問は・・・学問をすれば、自分で考える頭が身につく」と。

ほんとうの学びとは、自分で感じ考えられるようになるためのものです。

ここにこの映画の、単なる時代小説ではない、
これからの時代の生きかたにもつらなる、魂の自由の道ゆきが描かれています。

この作品のヒット以降、
藤沢周平原作の映画は制作され続けていますが、
未だにこの映画の完成度を越えていない(岸恵子のナレーションだけが、ちょっと浮いてる感がありますが (笑)

これはまぁ、山田洋二監督の、現代のサラリーマンと共通させるような意図的な演出もあるのでしょうが、

その昔、士農工商といっても、
ステレオタイプに武士が二本差しして楽な立場であったわけではなく、
内職をしても武士というものを続けなくてはならない者もいたわけで、

この作品では当時のお城勤め・・・役人としての武士のありようを、
自然のロケーションの美しさに預け入れるように、一貫して描ききります。

真田広之の、
背中にもにじみ出るほどに完全に役に成りきっている、自然な存在感がいいです。

そして殺陣。
最近は重心の高い役者さんが多く、アクションの見た目ばかりが派手で、
今ひとつ殺陣の極まりが悪いなかで、

真田広之の重心の低い腰さばき、
太い軸に裏打ちされたブレのない体さばきは、
見惚れるほどに気持ちが良いものです。

対抗馬としての敵役(かたきやく)がどうにも弱いっ(笑)
田中泯は幽鬼のような不気味さは良く出てますが、そのキャリアからか舞踏的な身体操作による表現がどうも。

「暗い・・・」劇中の台詞です(笑)

たそがれ⑤

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