プロフィール

9512taitao

Author:9512taitao
[ 山下俊行 ]

1969年生まれ。

【 Vital Energy Body Work 山下道場 】代表


Vital Energy Body Workとは、
ヨーガ・気功・武術・整体手技などを
研究・実践、整理を重ね、
 
とかくバラバラになりがちな

こころ と からだ をより良くまとめられるよう、

東洋の叡智を結集した身体と心の技術体系です。


からだ の状態をもって こころ の状態を導く


中国気功養生の緻密な内観(観察と集中)をベースに、
身体操作・ヨーガや整体・現代型ストレッチなどをとりいれたレッスン内容です。

 
リラクゼーション主体の癒やし効果だけではなく、


循環機能するための、ゆるみとしまりのバランス良い関係

「内から溢れるしなやかな強さ…生命根源の力が高まる」


これが主なセッションの目的となります。


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DATE: CATEGORY:神さま
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宿を出て、ひと歩き。

山々から上がってくる神々しい「氣」の動きと、

美しい棚田の風景。


天孫降臨の地とされる、ここ高千穂。
天孫とは天照大神のお孫さんである、ニニギノミコトとされています。

私は武術や氣功の、心身の長い体感の訓練を経てから、
最終的には、深遠なる日本の「氣」の世界と感得して、神ごとなるものを学ぶに至りました。

「神道 しんとう」の世界を体系的に学びたく、
相応のお金と時間をかけて、単立神社の研究機関において神ごとなるものを学んで参りました。

そこでは祭事の式次第や装束の他にも、
講義レベルとはいえ、國學院や皇学館、神社検定では学び得ない、
あまり一般的ではない神仙道や霊学講座も内容としては網羅します。
だから他人さまより、ちと詳しい程度です(笑)


神話の世界はそれはそれで参考までとし、私はすべての事象を「氣」の動きで見立てます。

もちろん人には物語は必要です。

神も仏も幽霊も妖怪も、よくわからないものをその感性力の補完として、
人が後付けで納得しうるよう、目に明らかな「形」としてファイリングせしめたものが、
神や仏や幽霊や妖怪というとらえかたもできます。

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畏敬の念を、神なるもの…巨大な意識の存在としては感じつつ、

ここ高千穂…九州の地は、
軽やかな「天の氣」、
ずんっとした重力の「地の氣」が、大いなる動きで拮抗しあう土地と感じます。

また天地のはざま、
そこにはいにしえより人が息づき、

天地人、

古代からの力強い息吹き(いぶき)が、あまり変わることなく息づいてあろうことを感じます。
写真の、朝のこの風景を観て佇んでも、それは強く感じるのです。


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神々の地という表現はまさにふさわしく、
いろいろと申しましたが(笑) それは素直に神々しいという他はありませんでした。


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DATE: CATEGORY:古道プロジェクト
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「南信州・古道プロジェクト」

私も関わる長野県元気づくり支援金を活かした事業、「まほろばの里研究会」ですが、

8月30日㈯
午前中、「秋葉古道フットパスツアー」に始まり、午後は「ゆらぎの心理学」の著者であり、カオテック研究所代表の雄山 真弓先生の講演会と相成りました。
おかげさまで、好評のうちに無事終えることができました。

ご参加された皆さま、ありがとうございました♪


心を科学する「カオテック研究所」
http://chaotech.org/


ゆらぎ


講演は、「ゆらぎの心理学」自体が電子書籍による英文で海外向けにも発信されているせいか、学術論壇の様相を呈すような本格的なもの(笑)
なんちゃらわからんけれど、おらが村にエライ先生が来たもんだぁ~と、目をパチクリか、眠くなる向きもあったやもしれません(笑)


識しることは力に成ります。


少し補足をすると「ゆらぎ」というのは「波動」です。

私などは身体論からなる体験知からの実践研究者として「気功」などの状態における生理的データの裏付けが取れますし、こういったお話しは大変興味深いのですが・・・


「命」というのは常にゆらいでいないと成りません。


雄山先生の著書の中でも、宮本武蔵の「五輪書」と女性のここ一番の大勝負、出産時の状態の共通性について検証されておりますが、

ここぞというときの環境適応力・・・これは以前、私も記事において触れた「不動心」と同じことです。


非常時ほど問われる変化への対応力・・・これは〝動じない心〟という直訳的な言葉のイメージからなのでしょうが、

「不動心」とはピタっとした、固着した、心が動かぬ状態を指すのではなく(このような状態を居着き、死に体 しにたいとも言います)、
心においても体においても、中心点は据えたまま「ゆらぎ」を保持し、

変化に対して、いつでも反応できる状態のことです。


これは私が気功学上で説かれる「松緊度 しょうきんど」・・・ゆるみ と しまりの関係と同じ状態です。

一般でいうリラックス・・・ゆるみ過ぎれば「たるみ」と成り、

しまり過ぎれば「こわばり」・・・過緊張と成ります。

そのどちらかに傾きすぎては、人間はいざというとき・・・たとえば災害時や、人生上の ここぞ!というときなどに、
速やかに反応して「対応」することができない。


この「ゆらぎ」の幅が、バイタリティふくめた生命活動の幅であり、本人の命の幅でもあります。

雄山先生は、指尖脈波(しせんみゃくは)と呼ばれる指先から得られるバイタルチェックから、
コンピュータ上のカオスアトラクターという非線形の「波」として、心の状態の視覚化をはかり、
鬱や認知症レベルの高い方々のデータを取り続けて研究を続けておられる方です。


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鬱や認知症の方はやはりこの波・・・「ゆらぎ」の幅が少ないことがデータからわかってきております。

その御研究は常に社会にお役立ていただけるように、最近ではモバイルなどの端末を活かしたハンディな機器の開発をはかり、
歩数計を見るように、いつでも自分の状態をチェックできるような自己診断システムの実現を目指しているそうです。

私が伝える気功体系も「内観」を通じて、自身の感覚の変化を追う「意識化をはかる作業」と言えますが、
こういった見えない世界を機器を通じて視覚化するのも「意識化をはかる作業」と言えます。
それと人はご自分の状態に〝気をつける〟ようになり、ご自分の人生を主体的に生きるようになりますから。

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講演に際して「ゆらぎ」と「古道」とどう関係があるの?という向きもあるかも知れませんが、
「古道」も、その交通の要所に存在する神社仏閣も、この「ゆらぎ」が活性化している場所です。
それは私たち市民プロジェクトも一昨年から、同じソフトで指尖脈波を通じて測定をし、
神社での気功前と気功後における、その如実な心身の変化のデータを積み上げて参りました。

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雄山先生曰く、自然現象は総て「カオス」であるとのことです。

カオテック研究所、サイトによる「カオス」の説明です。
「カオスとは、あるシステム(系)が確固たる規則(決定論的法則)に従って変化しているにもかかわらず、非常に複雑で不規則かつ不安定にふるまい、遠い将来における状態がまったく予測できない事象のことです。」


小宇宙と大宇宙とは良く言われることですが、
人体が刺激に対してその健全さを保つために、自然治癒力など適宜に対応するための自働調節機能を備えているように、

自然もまた、その恒常性を保つための調節機能・・・自然現象という見立ては納得のいく話しです。


たとえば人間にとって無慈悲ともとれる自然災害・・・これは地球規模で捉えれば、自然自身のセルフケアと解釈することもできます。
自然は人間ひとりひとりの こうあってほしいという気持ちを汲み取って機能しているわけではありません。

またひとりひとりの情感を汲み取っていないからこそ、かならず夜は明けて陽の光りが注ぐように、あまねく全ての人々が、
差別なく自然の恩恵を受けられている、という捉えかたも出来ます。


そうだとするならば、自然が具合悪く感じるような環境に対する振る舞いを一切止めるのが、
今後の人類のつとめだと、私は想うのです。

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雄山先生は御年70代の女性学者です。常に社会にお役立ていただきたいという高いお志と、常に純粋な研究熱に突き動かされ、それが若さの秘訣にもなられている素敵な方でした。

ご一緒にお話しを取り交わしながら感動したもののひとつに、
雄山先生が年若い時分、さぁ、これから学者にというときに、お父様が娘である雄山先生のために時間を作り、
当時、神奈川県は大磯の自宅を出て、東北大学のある仙台まで来られて、
〝なぜ学者になりたいのか?〟と話しを切り出したそうです。

このお父様というのが、当時民間の会社の研究所長をされていて、
日本科学工業賞や大河内賞も受賞された、優れた研究者であったそうです。

〝なぜ学者になりたいのか?〟 雄山先生はいきなりそう聞かれて首をかしげながら〝好きだから?〟と答えたそうです。
それを聞いた雄山先生のお父様は〝ただ好きなだけではだめだ。 ヒューマニティーのない学者になるんだったら、今すぐ帰って来なさい〟と、厳しく言い放ったそうです。
それを70になられた今でも印象的にお話しされるということは、学者になる「根」として、そのとき相当ビカッと自身の中に落ちたのでしょうね。


物事好きなだけで続けるには足りない「根気」、「決心」・・・それをしっかり養うことの大切さを考えさせられるお話しだと思います。


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ご興味ある方は「ゆらぎの心理学」詳伝社新書、
よろしかったらお手に取って読まれることをおすすめいたします。
読みにくい学術書のようなカタい文章ではありませんから♪

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DATE: CATEGORY:教室日記

日中の暑さもなんのその。朝晩とても冷えるようになって、すっかり秋めいて参りましたね。
ここ南信州・駒ケ根市は夏も秋も短く、そして冬が長いので、それぞれの季節を味わうように貴重な時を過ごすことができます。


先日は「カントリーカフェ」さんで教室指導でした。
http://www.countrycafe.biz/


東洋医学のベースにもなっている陰陽五行説では、秋は「肺・大腸系」の季節。

大自然の「氣」の運動法則では、夏の広がりゆく開放・発散の傾向から、
下降・収斂(しゅうれん)の動きとなります。


「気落ちする」という言葉が御座いますね。

はらはら枯れ葉が舞い落ちるように、正に「気が落ちる」・・・繊細な方ほど、ちょっとしたことで落ち込みやすく、またおセンチ傾向になるのも、
その方の性質・性格に限らず、こうした大自然の「外氣」と、わたしたちの体内の「内氣」の動きの影響も少なからずあるものです。


この世界の五つのエレメント「木・火・土・金・水」の五行説では、秋は「金」であり、
心理に相当するは「悲しみ・愁い(うれい)」・・・そのまま「秋の心」と表しますね。

西欧圏でも胸を傷める・・・ハートブレイクという からだ言葉が御座いますが、
元気なうちにその回復力に影響を及ぼすセルフケアを覚えて、胸を良く閉じて開いては、胸のなかの「宗気」を活性化し、
そうした感情に対する耐性をも、見えない貯金のように養っておきたいものです。


レッスン当日は、こうした「肺・大腸系」のケアとして、胸骨体操から始まり、
座っておこなう(座式)站樁(たんとう)を練り込みました。

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みなさんのとてもいい集中状態で「場」が形成され、腕の上げ下げもバラバラにならず、シンクロするように統一された動きと成っておりました。

☯気の四大運動「 昇・降・開・合 しょう こう かい ごう 」

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「気感の掌握」など、それと意識することなく それぞれの「内気」が自ずと働くよう、
天に地に連なる上下拮抗のエネルギー作用をもたらす「形」というものが、
生徒の皆さんもだんだんと身についてきたかな♪

教室や講座で感得したエッセンスが、みなさんの実生活に知らぬ間に活きるようになれば何よりと、
毎回いつも、お茶して別れたあとも想い願うところです。

外には収穫間近の黄色味を増した稲穂の波が、ただただ風にそよいで。

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DATE: CATEGORY:古道プロジェクト
~ 秋葉古道フットパスを終えて ~ 「まほろばの里研究会」

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識 しることは、明日を丁寧に生きる力となる。


世界中どこへ行っても、わたしたちが何気なく立つ土地の下には眠っている歴史がある。

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水の神・火の神、恵みをもたらすと同時にすべてをさらっていくもの・・・

そこには「死」が身近にあったからこその、切なる願いあったからこその信仰があった。

不作にあえぐ民のために 命がけで将軍直訴を行い、窮状は通ったものの処刑された方がいたという。

そうしなければ秩序をもたせられなかった当時の体制側の事情というものもある。

ものごと良い悪いではなく そうした積み重ねの事実があったということ。

その悲しみとはなんだ 怒りとはなんだ 無念そのものはなんだ

そこに流れている人の気持ちそのもとは なんだ


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道々、足をとめながら「古道」を歩くということは、スピード・デジタル処理のなかで、時には表情さへ失ってしまうような生活サイクルのなかで

「情感」をとりもどし、その感性力を取り戻す側面もあります。


道々、足をとめるような「情感」が、万葉集にも詠われた東山道(とうさんどう)のように、また文学をも生み出して来た。

そうした先人の積み重ねた土地風土の上に、私たちは生活できていること。


識 しることは、明日を丁寧に生きる力となる。


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熱田参り④


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「 語り継ぐこと 」 元ちとせ

作詞:HUSSY_R
作曲:田鹿祐一

なみだ いくつ 零れて 新月の夜 ひとつ海が生まれた
遠く紡いだ言葉 語りべたちの物語の中に

むかし だれかが ここで 張り裂けそうな胸をそっと開いた
歌に奏でてずっと どんな場所にも携えてゆけるよ

消さないで あなたの中の
ともしびは連なりいつしか
輝くから

語り継ぐことや伝えてゆくこと

時代のうねりを渡って行く舟

風光る 今日の日の空を

受け継いで それを明日に手渡して


指に 額に 髪に あなたの向こう 垣間見える面影
もしも時の流れを さかのぼれたら その人に出逢える

この世界 生まれてそして
与えられたあらゆる名前に
願いがある

いとしい笑顔に心動かして

嵐に揺らいで立ち止まる時も

守りたい すべてを捧げても

思いは力に姿を変えるから

語り継いで 伝えてゆくこと
時代のうねりを渡って行く舟

風光る 今日の日の空を
受け継いで それを明日に手渡して

http://www.youtube.com/watch?v=USf16TiLj4k

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DATE: CATEGORY:所感
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「祀る まつる」
1 儀式をととのえて神霊をなぐさめ、また、祈願する。「先祖のみ霊(たま)を―・る」「死者を―・る」

2 神としてあがめ、一定の場所に安置する。「菅原道真を―・ってある神社」

3 上位にすえて尊ぶ。
「微妙な、奥ゆかしい礼儀が、自然と忍を上に―・る結果に」〈横光・家族会議〉 goo辞書より


南信州は駒ケ根市。
本日は大御食 おおみけ 神社、地元では美女が森と呼ばれ親しまれている神社の例大祭です。

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御食国(みけつくに)と称されたところは若狭・志摩・淡路など全国でも三か所。
日本古代から平安時代まで、皇室や朝廷に海水産物を中心とした御食料(穀類以外の副食物)を献上した国を指す言葉です。

ここ大御食 おおみけ 神社創建の由来は、
はるか景行天皇の時代、その息子である日本武尊 ヤマトタケルノミコトが東征(とうせい)の折りに立ち寄られ、
土地民(とちたみ)の三日三晩の宴による歓待を受け、いたく感じ入った日本武尊 ヤマトタケルノミコトが「御食 みけ」の称号を授けた云われを持つ神社です。

桐板(きりいた)に刻まれた神代文字による社伝記は、840年の長きに渡り記録された貴重な文化遺産であり、

日本武尊を主祭神とするこの神社を中心とする土地民(とちたみ)は、その云われからも「山の御食国 みけつくに」と称しても良いところです。

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「大御食 おおみけ 神社」
http://ja.wikipedia.org/wiki/大御食神社

写真は一昨年、1900年祭のもの。

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さぁっ、あとでちょろっと出かけてイカ焼き食うべかな♪ (笑)

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☯ダイナミックな映像編集が楽しい「20110918大御食神社-ダイジェスト」
http://www.youtube.com/watch?v=EBQqSn79190

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DATE: CATEGORY:古道プロジェクト
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先日、8月30日㈯に執り行いました「まほろばの里研究会」秋葉古道フットパスツアー。
コースを追って随時アップさせていただきます♪

伊那市総合支所前からスタートし、古道沿いの石仏群を拝み、第一の休憩所として「熱田神社」へ。

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「熱田神社」長野県は伊那市長谷 溝口(旧長谷村)

愛知県の熱田神宮 本社に、社殿の造り・・・三間社(神さまを三柱 みはしら収める)に同じであり、
三参道・三鳥居・・・正面の鳥居の他に、東と南に鳥居を配するなど、神社空間も同じあります。

今回はツアー参加者のために、特別に本殿の中にと拝観許可がおりました。
有難いことです。

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その本殿内・・・かつての名匠の技、光る。
その彩色・造形の見事さは、日光東照宮のそれに似て「伊那日光」と評されるそうです。

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以下「長谷村誌」より

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熱田神社(重要文化財)

信濃なる伊那てう里の片辺にも めぐみ熱田の神の御柱
 
遠い昔の先祖たちが日本武尊(ヤマトタケルノミコト)を信仰し、尾張の国・熱田神社の形影(三方三っ辻)をお迎えし、産土神(うぶすながみ)として祀った(まつった)のが当社のはじまりである。
 
現在の本殿は、宝暦十二年(一七六二) 溝口村、百数十戸の氏子(うじこ)が 三〇〇両という大金を出しあって建築したものである。
この建築には宮大工であった当溝口村、高見善八は棟梁となり、多くの職人とともに精魂こめて仕上げたもので、規模といい造作といい、近隣に比類ない豪華なものである。

特に彫刻部は上州(現群馬県)勢多郡の関口文治郎、彩色は武州(現埼玉県)熊谷在の森田清吉である。
竜・象・唐獅子・花鳥などの彫刻は実に巧妙華麗で見あきることがない。
それで名声が響きわたり「伊那日光」と呼ばれるようになった。
 
また、この本殿を風雨から防ぐため、明治二十一年(一八八八)天覆(かやぶき屋根)を再建し、以降、幾たびかの屋根替えが行われ現在に至っている。

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社内(やしろない)その神域において手を合わせ、講演の雄山真弓先生も合流し、子どもは屈託なく元気な波動を出し、
参加者の皆で、おいしいお茶と草餅をいただく。

それはそれは和やかなひとときでありました♪

熱田参り④

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DATE: CATEGORY:古道プロジェクト

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長野県 地域発元気づくり支援金を活かした事業、私も役員として関わる「まほろばの里研究会」

先日 8月30日㈯

古道フットパスツアーと題しまして秋葉街道の散策、

「ゆらぎの心理学」の著者でもある、雄山真弓先生の講演会を企画し、

秋葉古道散策、そのあとの雄山真弓先生の講演合わせて、おかげさまで無事に終了いたしました。

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また随時、詳細の方はアップさせていただきますが、
試運転的に起動させた伊那谷のフットパスツアー・・・地元 長谷の高坂さんという素晴らしいガイドさんを得て、
コース内容ともども、一気に定例化できる完成度と成りました。

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一般のウオーキングのように、ただ自然の中を歩いて「気持ちいい♪」だけではつまらない。


識 しることは、明日を丁寧に生きる力となる。


どんな場所にも、その土地に眠る歴史があります。
現在、私が住まわせていただいている、ここ伊那谷(いなだに)の歴史・・・

なぜ、庚申塔(こうしんとう)がこれほどまでに立っているのか、

なぜ、水の神・金毘羅さまと、火の神・秋葉大権現を同時に拝むのか・・・その当時の人々の切なる想い・願い、

南北朝時代、戦国時代の伊那谷のお話し、

不作の中での年貢の取り立てに民衆は苦しみ、その窮状を当時、御法度(ごはっと)であった将軍直訴を幕府に対して行い、
三年の取り立ては免れたものの、命がけで訴えた代表者は処刑され、人々が忍んでその方の慰霊の碑を立てたこと・・・

そういった先人の積み重ねた土地風土の上に、私たちは生活できていること。

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一緒に歩きながらお話しさせていただくなかで、
「何十年もこの土地に居ながら、そんなことひとつも知らなかった・・・」、そう感慨深くおっしゃっていた方がおりました。

識 しることは、明日を丁寧に生きていく力となる。

百衣観音

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DATE: CATEGORY:Photograph

開田高原にて。

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DATE: CATEGORY:功法紹介

みなさま、いかがお過ごしでしょうか。


“腹が立つ”という からだことばが

むかしからございますね。


“あたまにくる”という からだことばもございます。


「怒り」には二種類あります。

腹が立つ…腹たちあがる、腹直筋に力が入ることですね。


雑誌「Tarzan」の表紙を飾るような、かっこいい身体とされる欧米型の

腹筋割れ割れタイプ…若いときはまぁ いいですけれど(笑)、日本人がこの体型を求めすぎると攻撃的、批判的本能を助長させるものです。

延髄視床下部の闘争的本能にまかせた恐竜の脳となり、理知的に抑えられず、

顔を紅潮させては 戦争衝動が終わらない、

あたまから物事に突っ込んでいくような前傾型の身体的条件を助長させるものです。


私もそういったトレーニングを年若いときは重ねてきましたけれど(現在 45 です(笑)、

必要な「意識」から起こる必要な動作に 必要な筋肉はついてくるとして、

呼吸力による腹圧の力から成る、強い体幹部のまとまりを良しとして、

今はまったく腹筋運動なるものはやっておりません。


気づくと おなか…とくにみぞおちのカタイ方が多いですが、みぞおちは柔らかいほうが健康上、とてもいいです。


「整体」のとらえかたとして、〝心のつまり〟など、みぞおちは邪気のたまりやすいところとされています。


これは朝、私も起きぬけにやったりする運動ですが、まず布団の上で正座します。

ベッドの方は降りて床の安定した場所で行うと良いでしょう。
膝の痛い方はダイニングのイスの端に、浅く腰を掛けながらでもOKです。

なかゆびを中心として、みぞおちに手指を立てて

そのままからだを九の字に曲げながら、は~っ…と息を吐ききります。


このじゅうぶんにしぼりこむようにして「息を吐き切る」ということが大切になってきます。
吸うときは吐いたぶん、自然に息が身体に入ってくるのに任せます。

20回ほどこのみぞおちを中心とした「吐き出し」を繰り返します。

「邪気の吐き出し」という

整体のセルフケアです。


気持ち自分にちょっと厳しくして(笑)、けっこうみぞおちに、すーっと指が入っていくものですよ。

どんなセルフケアもそうですが、小慣れるまで日々の習慣にしますと、
内臓も鍛えられ、神経が安定して参ります。


背骨に息を通す感じで、は~っ…と、 とにかく

息を吐ききります。


「邪気の吐き出し」おためしあれ♪

おなかはやわらかく


“あたまにくる”は、

そのまま気血があたまに上った状態をいいます。

そのままにしてると

あたまの血管がぷっつん…もちろんいいわけないですね(笑)

肩とひじを下げることを意識して、気血を下げてまいりましょう。


みなさま、ご参考までにと願います。


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DATE: CATEGORY:教室日記

先日、駒ケ根市内にある大御食(おおみけ)神社・・・通称〝美女が森〟にて気功指導。

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不動の状態を堅持して体内部の「内気」の力を高める站樁(たんとう)の力も、生徒の皆さんはそこそこに着いて参りましたので、
この日は動功(どうこう)の一つである五禽戯(ごきんぎ)の「熊」をレッスンしました。

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気功には站樁 (たんとう)のように不動の状態を堅持して、静中の動・・・静の極みから生まれる「内動」を導く静功(せいこう)と、

太極拳のように動きのなかで呼吸と動作の一致をはかる、動中の静・・・動功(どうこう)、

その中間である、「八段錦 はちだんきん」などにみられる静動功(せいどうこう)の、大体三種類が存在します。


プロセスとしては・・・これはいたずらに多くの情報を追う人間行動面にも繋がることですが、
人は眼に見えて明らかで、動きのあるものの方が「動いた気持ち」となりやすく、たやすく取り組みやすくもあるのですが、
それらの運動と呼ばれるものは往々にして、ぺらっぺらっな中身のつまっていない動きとなり、
また健康面から観ても、毒にも薬にもならぬ状態に陥りやすいです。
いや、長期的に観れば、軽挙妄動・・・むしろ毒です。


やはりプロセスとしては、静から動 → 動から静 → そして静動の合一をはかってこそ、真の生命運動が発動します。

ですから、こちらの伝える気功体系においては、必ず站樁(たんとう)訓練で体内部における「内動」を高めてから、動作訓練へと移行します。



「五禽戯 ごきんぎ」は荘子の時代にも記録が見られる、鹿・猿・熊・鶴・虎の動きを取り入れた古い気功のひとつで、それだけで独立したものですが、
私の学んだ系統である焦国瑞(しょうこくずい)先生が提唱された「気功養生学」では、
すべての気功を行う上でまず「站樁 たんとう」が合わさるのが、緻密で特殊なところです。

五禽戯(ごきんぎ)の「熊」は、五行説では季節の変わり目、「土」に相当し、
内臓機能の調節作用においては、主に消化器系に働きかける動きとなります。

肩と股関節を震わせるようにして繋げる意識で身体をゆすり、
薄い氷の上を歩くような慎重さを持ちながらも、柔中の剛・・・重量感ある歩み足で身体をひとかたまりに練り込むものです。

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動画 [ Five Animal QiGong Exercise. ]
http://www.youtube.com/watch?v=2jAzqvcDAdM

帰りのお茶タイムは、やれパンダだ、ラッコだと、動物談義で盛り上がりました(笑)


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DATE: CATEGORY:所感

恥ずかしながら、

誰に頼まれたわけでなく 誰に乞われたわけでなく・・・

「統合」・・・それは物事をとりまとめる・整理する力の源泉でもありますが、
現代人の体力のなさ、肚(はら)の無さを憂慮しながらも、時代による価値観と本質のバランスに注意を払いながら発信する立場において、このことは私も反省することしきりなのですが・・・

すべてどのような「意」を持って「事」に臨むのか。言葉に 宣 のせるのか(せんげん)

今ではネットでワンクリック、お手軽に過去の達人の動画も観れてしまう、
「本気」でモノを学びたい方には大変便利な時代となりました。

私などは関わりのある生徒さんへ向けて観察眼を養っていただきたく、独習用に動画をマメに撮ってアップする方なのですが、
広く身をさらすことは、観る者が観れば、その「意」「姿勢」の状態においては一目瞭然であり、それを踏まえて発信することがどれほどのことか・・・


ふりかえれば中学から高校時分、それは茨城の片田舎、
当時、中国拳法なるものに惹かれ、またそれを学びたいといってもあまり情報はありませんでしたし、動画なんてとてもとても(笑)
のちのち蘇東成師など、在日・来日されている先生方の講習会へ、
まだ交通の発達していなかった当時の茨城から東京などに足を運んではそのエッセンスを吸収したりするのですが、
最初は古本屋を回っては専門書などを開いて「観て」「学んで」、いつか正式に学べる日を願っては入念に技をトレスしておりました。


“ 足で通った ” 最後の世代かも知れません。


壇上の安全圏の試合ではなく、実戦、野試合を好む質でしたから、
中国拳法を独習しながらも叩き合いがしたく、素手のフルコンタクト(直接打撃)である極真の町道場に熱心に通いながら、路上・・・おっと・・・
トレスした技を密かに試したりしてました。

今だからこそ話せますが(笑)高校生の身の上に稽古後のビールの染み渡るうまさを教えてくれた、道場のいい先輩との出会いもありましたよ。


武術なるものに取り組む以上は強さへの追究も当然限りなくありましたが、今思えば、当時依るべきなき身の上、
不安定さのなかで若いなりに、必死に自分の中心世界を構築しようという気持ちが強かったのだと想います。


稽古に明け暮れていた高校時代、担任は書道の先生であり「空海」が好きな先生でした。
北大路欣也主演の映画「空海」を観させられたのが懐かしいです(笑)
高校時、泊まった高野山の宿坊を早朝抜け出し、奥の院へ一人向かいました。
朝もやのなか、最奥で密教坊主が護摩焚きをしていた後ろ姿が思い出されます。


密教…人間中心の釈迦仏教に対して、自然中心の仏教だということ。
大日如来…太陽信仰であること。
これは「気の世界」の一環として学ばせていただいている、神道・古神道(こしんとう)に流れている自然崇拝…アニミズムに近いです。

いや、むしろその昔の仏教伝来当時、律令制により次第に社会形成が確立し、
法に沿うて人が生きていく過程において、
教義・経典があり、システマティックに「理解」もしやすい仏道・・・

時代に合わせて人に伝えやすく、目に見えてわかりやすくもある仏像など、
その立ち現れる「形」をもって(権現 ごんげん)、
この国の神々が当時、仏道を呼び寄せたような神意を私は感じます。


神仏習合(しんぶつしゅうごう)ということ。これが千年以上の長きに渡り、明治まで続いていたのがかつての日本です。
まっすぐ積み上げて来たものに、先人たちはぐわーんっと大きな方向転換を余儀なくされた。

なぜ大晦日に寺参り、なぜ正月に初詣。他宗教だから?日本人は節操がないから?
いろいろなことがお祖母ちゃんの知恵のように、しっかりと伝えられて来ていない残しの上に、
この国の土地風土に帰属しているはずのわたしたちは経っているし、立ってます。



「六大をもってあらわす法界(あめつち)の大性(いのち)は

これをさまたげるものなく常に瑜伽っている(とけあっている)」…瑜伽・YO-GA


この六大…地・水・火・風・空の、五つの物質的原理に

「識 しき」…“心 こころ”を加えて六大としたもの。

心、意識、想念も量子論ではエネルギーと捉え、こういったことに科学が後追いで研究がされていること。


理屈だけではわからぬ。

「行」をしなければ密教はわからぬと、空海は説きました。

このことは、こころでもって(意識作用) からだの状態を導く気功体系を伝える現在の私には良くわかります。


すべての物質構成要素、精神要素には響きがあります。

    「地・水・火・風・空」

水には水の響きがあり、

地には地の響きがある。

火は立ち上る力をしめし、

風は自由な気づきをもたらす。

空…なにもないのにそこには確かに何かある。感覚平野の彼方へといざなうもの。


そして「識 しき」・・・想念が導く力。


この六大の体組成は、

わたしたちのからだも地球も同じ成分で出来ていること。

あたまではなく、たとえば「気功」などの緻密な内観トレーニングを通じて、このことを体感していくことは、

理屈だって常に貪欲に情報を追い求めては

果ては活かせずに右往左往している傾向にある

現代だからこそ、

相手や物事が発している大切な信号をキャッチする感性力を高めるためにも、

その教えられているレッスンの質にもよりますが、

実はこれからますます必要とされる時代といえます。


そう強く感じるからこそ、

僭越ながら、

非力な身体論者として数十年駆け培ってきたことで、何か人さまにできることはないか・・・

かく想うがゆえに私はこうして語り、

また発信、伝えようともする者です。

大きなお世話ながら(笑)

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中国は漢代(紀元前206年~220年、約400年の長命王朝)、
老子・荘子につながる思想書物『淮南子 えなんじ』に曰く、
「八つの遠方には 八紘(はっこう)有り、八紘の外には 八極有り」とあります。

紘(こう)は綱の意であり、天地を張り支えているので、それを表現して 紘(こう) としており、
古代中国人の空間認識を伺える記述です。


    力は抜くのではなく、「 開く 」


「空間」は、開くことによって立ち現れます。


またこの『淮南子 えなんじ』には、わたしたちが良く使っている「宇宙」という言葉にも記述があります。

「宇」・・・上下前後左右の三次元空間全体を現す。

「宙」・・・過去・現在・未来の時間全体を現す。

物理学において捉えられている宇宙・・・生成・膨張・収縮・消滅運動を繰り返す。


淮南子にも記述が見られる八極・・・その名前を冠した「八極拳」

先日、ご紹介したマシンガン拳法である「蟷螂拳 とうろうけん」とは実に対照的な、豪砲一発、マグナムを撃ち込むような拳法であり、

猛虎の気勢のような、その豪壮な拳の風格に惚れ込んで、私自身が25年間、良く訓練してきた拳法です。


小細工なし、牽制なし、コンビネーションなし。

自身の養った功夫・功力に全ての意識を集中して、


シンプルにただ打つのみ。


ただそのシンプルさは愚直のそれではなく、実戦においての虚実の運用含めて、
全ての条件を満たした上での 〝Simple〟 is 〝best〟. です。

『 Martial Arts: Baji Quan 』
https://www.youtube.com/watch?v=0D_5C_ymm1E


昔の剣道家がひたすら立木打ちを繰り返したように、昔の柔道家が帯を木に巻き付け、ひたすら投げの練習を繰り返したように、

動画に見られる動作は、あくまで八極拳独特の打突の力・・・「発勁 はっけい」を養うための動きであり、
実際の運用は無構えの自然体からノーモーションでポーンと打ててこそ、はじめて使えるレベルに到達する。
これはどの徒手武術においても言えることであり、そこまで至るには長年月の訓練(功夫 くんふー)・・・熟練度を要します。

空手もそうですが、本来の「型」とは、練習者の身体づくり含めて、その武術独特の力の運用を養う鍛錬のためであり、
「型」を一見しただけで〝使える 使えない〟などと言っているような者は、自らの研究の足りなさを反省すべきである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

すべての拳法は武器術が起源であり、八極においては槍法(そうほう)・・・槍を持って突いた形が、拳打においては突き腕と引き腕の関係にそのまま活かされています。

「発勁 はっけい」の原理は砲弾を射出する原理に同じであり、強く射出するためには砲台がしっかりしていなければならず、
八極拳の馬歩を多用する立ち方は、徹底した下半身の強さ「下盤功夫 がばんこんふー」を養うためのものです。

またその最大特徴である強い踏み込みによる「震脚 しんきゃく」動作は、鋭く息を吐く「吐気」の動作と協調一致させ、力強く地下に杭を打つがごとく、正確に練り上げていく。

この「震脚 しんきゃく」による動作は、地球の重力を最大限に利用するためであり、強い踏み込みにより上昇するエネルギーを漏れなく下半身から上半身を通じて、
根から枝葉へ・・・拳打ち・肘打ち・肩打ちに伝えきるには、ブレのない強い体幹力を要します。


先の動画の地上部分は、がれきが細かくなった砂に覆われた固いコンクリートです。
打つ前は柔らかく身体を使い、インパクトの瞬間は身体を剛体化して、漏れなく全質量を拳先・肘先・肩先に乗せて打ち込むのが、
素朴にして勇壮な八極拳という拳法の特徴です。


拳法の「法」とは、法理・法則のことであり、八極においては「八面力」・・・八面とは四方八方の八方の方角の意味であり、
八極とは四方八方の極遠・・・極めて遠いところに届く力、つまり大爆発の状態を現す言葉です。

八極拳を訓練する者は、この八方の意識によって訓練を重ね、勁(けい。力の意)を四方八方に張り出すことを心がけます。

同時に人体における8つの部分、頭・肩・肘・手・尾骨・股関節・ひざ・足の状態に注意を払い、これら8つの協調一致を丹念に練り込みます。


意識は、

☯頭頂青天・・・頭は青空を押し上げる。

☯脚扎黄泉(きゃくさつこうせん)・・・足は黄泉(よみ)の国まで突き通す。

☯含胸抜背(がんきょうばっぱい)・・・胸はゆるめ、肩甲骨がよく広がる。

☯松肩切胯(しょうけんせっこ)・・・肩をゆるめ、股関節を折り落とす。

☯気貫丹田・・・気は丹田を貫く。

これらを良く意識して訓練を重ねていきます。

またこれらの姿勢要求は、ほとんどの武術・気功に共通するものであり、
理にかなった抜けの良い、疲れにくい身体づくりとなり、

体力は増進し、また仕事や日常の生活所作の無駄のない動きへとその質を変え、
武術の意識を外したところで、取り組む者のまとっているエネルギーの質をも変化させるものです。


単純に循環の良い姿勢状態を獲得しますと、人は自ずと健全な心理状態を取り戻すものであり、

このことは私の教室や講座に参加された方々は、具体的に皆さま体験されていることです。


以上、なぜなにカンフー講座「八極拳 はっきょくけん」でありました♪


虎


「八極拳」
http://ja.wikipedia.org/wiki/八極拳


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