プロフィール

9512taitao

Author:9512taitao
[ 山下俊行 ]

1969年生まれ。

【 Vital Energy Body Work 山下道場 】代表


Vital Energy Body Workとは、
ヨーガ・気功・武術・整体手技などを
研究・実践、整理を重ね、
 
とかくバラバラになりがちな

こころ と からだ をより良くまとめられるよう、

東洋の叡智を結集した身体と心の技術体系です。


からだ の状態をもって こころ の状態を導く


中国気功養生の緻密な内観(観察と集中)をベースに、
身体操作・ヨーガや整体・現代型ストレッチなどをとりいれたレッスン内容です。

 
リラクゼーション主体の癒やし効果だけではなく、


ゆるみとしまりのバランス良い関係

「内から溢れる強さ…生命根源の力を高める」


これが主だったレッスンの目的となります。



関節や心・肺に無理な負担をかけず、

老若男女問わずに、

練習に努めることで「結果」

からだの奥底に眠っている生命力を奮い立たせることを狙うレッスンです。



今まで出会った方々

これから出会う方々へ


貴重なるご縁に

感謝申し上げます。




身体に対する意識を高め

自己否定をしない、内から湧き起こる真の「自信」を育て

深い たましい の道行きを 皆さまと共に歩めたら

そう感じ想いながら日々、活動、
発信させていただいております。


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DATE: CATEGORY:感性文

プライドというものは捨て去って 捨て去って、
 
それでも浮き上って来る最後の「矜持 きょうじ」をいいます。
 

 
 
「矜持」というものは、
 
それぞれの社会的な立場も絡みますが、
 
わたしたちは みな人間・・
 
人のはざまで生きたる(息たる)生きものです。
 

 
その人のはざまで、
 
フルに自分の能力を最大限に発揮して、
 
人さまに受け入れられ、
 
喜びを受けたとき、受け容れたとき、
 

 
はじめてそこに健全な循環が生まれ☯、
 
わたしたちは人間としての
 
「よろこび」に満たされてゆくのです。
 

 
それがついつい個人に終始しがちな
自尊心と違うところです。
 

 
 
あなたはどこに立っているか?
 
そしてそこから浮かび上がってくるのは何か?
 

 
プライドというものは捨て去って 捨て去って、
 
それでもなお、浮き上って来る
 
最後の「矜持」をいいます。
 

 

山下 俊行



垂とう勢


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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

tag : 人間の可能性 心と体

DATE: CATEGORY:動画紹介

昔に比べると、
女性は比較的、元気にはなりましたが、
 
世の男性はどうだ?
 
 
自信が育たず、また失い、
 
まるで元気がないではないか。
 

 
奥さんが1200円のランチを
友だちと談笑しながら食べていて、
 
旦那は500円のランチを細々と食べて、
夏の陽射し強い公園のベンチで
仮眠をしている現実なんてのは
甚だよろしくないよ。
 
 
 
これでは陰陽の循環サイクルが回らず☯、
 
本当の意味で男女ともに、
 
お互いに高め合って元気にならないではないか。
 

 
 
男子教育といおうか、
そういった心根で、
また企業の社長さんから乞われて始めた私塾を
東京で二件抱えております。
 

 
そんな感じで月に一度、稽古をつけに
長野から東京まで足を運んでおりますが、
 
みなさん、今年に入ってから始めた
志しある素人ばかりです。
 

 
起業家から その卵、
サラリーマンから筋トレのインストラクターまで、
集まっている彼らのその職業もさまざまです。
 

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ストレスリリースとしての呼吸法や、
理にかなった身体使いの結果としての護身術など、
 
 
一定の訓練である程度、使えるものと、
 
 
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〝しっかり時間を掛けて〟
 
生命運動の深奥に到達する
「站樁 たんとう」訓練など、
 

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その二本柱で
大体のボデイーワーク体系として
伝えさせていただいております。
 

 

強くなりたいとか、
彼らの当面の欲求(ニーズ)に応えつつ、
 
では、その求める強さとはなんなのか?
 

 
武術や何かをしているからとか、
自分以外の誰かに保障されたものであるとか、
はたまた身にまとい、ぶら下がっている権威とか、
 
 
外側から固めるでない
 
 
自分を律して、たゆまぬ訓練を重ね、
 
それを続けた自分の中からOKの出る
 
 
「内なる自信」を養う本質へとシフトする、
 
 
そのプロセスを大切と心得るものです。
 

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私塾に限らず、実はすべての活動を
私は同じ肚(はら)で動いているのですが、
 
 
 
欲求から「本質」への道のりが肝要である、
 
そう捉えて日々、取りくんでおります。
 

 
☯『 ナイフ刺突に対する手はこび 足はこび 』
https://www.youtube.com/watch?v=J4PYKBoKCNQ
 


☯『 主要な関節、首・肘・膝の崩しと 背面取り 』
https://www.youtube.com/watch?v=-XaA3VxiKlU
 


☯『 力の流れの読みと 身体の位置取り 』
https://www.youtube.com/watch?v=erB_8fXzEgY
 


テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

tag : 人間の可能性 心と体

DATE: CATEGORY:所感

人は頭抜けた圧倒的存在と出会うことが、
その後の人生を左右します。
 
 

いつもこちらのボディーワークのレッスンの場所を
提供してくださっている「カントリーカフェ」さん。
 
http://www.kami-ina.net/tenpo/gourmet/0101.html


忙しさにかまけて
もう先週、日曜日のことになりますが(笑)、
 
その「カントリーカフェ」との ご縁で、
南信州のカントリーフェスティバル、
 
「COUNTRY RIDE 」に行って参りました。
 

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フリーエネルギー、
 
仙人とはまさしく彼のこと。
 

 
トリをつとめるのはチャーリー永谷さん。
 

◎「COUNTRY GOLD2012(2/6) - Charlie Nagatani 」
https://www.youtube.com/watch?v=50ajFiwMCyU
 


 
日本人としてテネシー州「名誉州民」を受賞したのを皮切りに、
モンタナ、ミネソタ州など
 
アメリカの20州以上から
「名誉州民」の称号を贈られている方です。
 

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御歳79歳のパワフルな歌声が
 
アルプスの山々に響きわたりました。
 
 
あと20年以上は、
この勢いは変わらないと思う(笑)、
 
関わる人たちを大切にして来られた、
 
とらはれなき大いなる愛あふれる、
フリーエネルギーで
生きておられる方です。
 

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tag : 人間の可能性 心と体

DATE: CATEGORY:お知らせ
鍛金

 

今回、展覧会のお知らせをさせていただきます。
 
杉島 大樹 + 関野 亮 作品展
 
場所:銀座「日々」
http://www.epoca-the-shop.com/nichinichi/access.html 



会期:6月12日(金)~17日(水) 最終日17:00閉廊


「鍛金 たんきん」という、
 
金属が魅せる様々な作品たちを、
この機会にどうぞご高覧下さい。
 

 

杉島 大樹さんという作家がおります。
 

「これまで頭の中で
形を決めてから作っていました。
今回は、感覚を頼りに手を動かすということを
繰り返していたら、形が現れてきました。」

 
杉島 大樹 Sugishima Taiki
 1976 岐阜県生まれ
 2001 広島市立大学芸術学研究科
    博士前期課程彫刻専攻修了
    鍛金家 鬼頭正信氏に師事
 2002 鍛金家 土屋豊氏に師事
 2008 長野県伊那市にて独立

 

◎「鎚の記録」

金属作家 杉島大樹の制作日誌

http://blog.livedoor.jp/taikikobo/
 

ある日、強い腰の痛みを訴えて、
彼は私の施術を受けに来たのですが、
 
からだとこころにおける
インスピレーションが生まれるのか、
今年に入ってから、
私の個人レッスンを受けている方です。

 

出会いそのものは一昨年の夏、
 
「鍛 金 たんきん」…金属で出来た“花器”を拝見に、
 
「信州高遠美術館」に足を運んだのが最初でした。

 
 
“鉄は熱いうちに叩け”…覚えたる感覚の火を絶やさぬよう、
重ね続けて錬磨するのも、
こちらのボディーワークの姿なのですが、
 
彼の作り出す「鍛金」の世界に共通するものを感じて、
大いに唸らされたものでした。
 

美術館などに足を運び、
それぞれの芸術家の作品に触れるとき…
それはそれで部分的に感性に響くことは多いのですが、
 
彼の完成度の高い、
金属の質感が醸し出す「宇宙」に
始終うならされたものです。

 
 
お会いしたとき、
杉島さん自身から一品一品、
 
金属の花器として、
その「形」になっていく工程を詳しく
お聴きすることができました。

 
 
周辺の野山から採ってきた
草花を活かした挿し花の妙、
 
展示する花器だけではない、
それを置かれる台座の目線の高さにいたる空間構成まで、
それはひとつの「宇宙」であり、
 
“空”の体認を経て宇宙を感得する、
内観ボディーワークとの共通性を強く感じて、
 
ひじょうに感じ入り、
唸らせられ、
また元気をいただけたひとときでありました。

 
鍛金②


 
それが均等にバランス良く、
器として立つためには、
同じ力の配分で乱れることなく金属をたたき続けて仕上げる、
杉島さんの「氣」が宿るストイックな作業の在りかた。

 
錫(すず)や銅の金属の重さと
 
「形」がもたらす安定感は、
 
「上虚下実 じょうきょかじつ」…
 
下半身はどっしりとし、
上半身の余計な力は抜けていくとする、
 
こちらがボディーワークの主軸として伝える訓練法、
「たんとう」との共通性を感じるものです。

 

杉島さん、当初は金属で「白」…
陶器の白磁の色を表現したかったそうですが、
なかなか困難と判断。
錫や銅の表面に銀箔を貼る手法に変えたそうです。

ところがこれが絶妙な、
空間を鎮静化する美しさを放っているのです。
 

鍛金③


 
私はこの金属質のものが、
おそらく展示会に足を運ばれた方に、
彼の作品にむかわれた方に、
 
無意識レベルで精神を清め、
気持ちを鎮める効果を持っている…
そんなうれしい発見をしたのです。

それはそのまま宇宙の法則性、
規律性を現すものであり、
言葉ひとつで表現できない喜びを感じたものです。

 

杉島 大樹さんの「鍛 金 」の世界。

この機会に ぜひ高覧下さいませ。



鍛金⑦


鍛金⑧


tag : 人間の可能性 心と体

DATE: CATEGORY:神さま
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☯本日は「庚申 こうしん」の日、
かのえ さるです。
 
現代では、また地域によっては
あまり馴染みがないでしょうから、
わたしたち先人の足跡・由来の一端として、
少しお話しをさせていただきます。
 

 
私が現在住んでいる、何百㍍もの標高差のある街、
南信州は駒ヶ根市。

 
 
一昨年の5月、
ご縁あって横浜から ここ南信州に越して参りましたが、
道々、やたらと道祖神や庚申塔などの石碑が目につき、
気になってはおりました。
 
 
この辺りは昔から・・一番盛んに行われていたのは、
おそらくは天下泰平の江戸期だと思いますが、
「庚申信仰」が色濃い土地だったようです。

 
昨年は「大御食神社 おおみけじんじゃ フットパス」という、
 
「フットパス」とは、
イギリス発祥の地域交流とウォーキングが
セットになったようなツアーですね、
その事業に関わる貴重な機会をいただきました。
 
参加者の皆さまと歩いた地域コースの道中にて、
プチガイドよろしく
道々よく見かける庚申塔(こうしんとう)の
説明をさせていただきました。

 
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☯元々の起こりは中国の道教ですが、
陰陽五行のお話しを少ししますと、
 
60日にいっぺんの(アースノーマットではない)(笑)、
庚申(こうしん)の日は、
 
この世界の五つのエレメント「木・火・土・金・水」
 
 
そのうちの金・金が重なる…
 
「金」は五臓六腑でいうと「肺・大腸系」
心理でいうと「愁い うれい・悲しみ」に相当します。
 
このキン・キンのエレメントが
ダブルで重なってガッツンガッツンして(笑)
いろいろとトラブルを生みやすい日とされていました。

 
 
これは古代中国の身体のとらえかたですが、
人間は本来、
何事もなければ120歳まで生きるとされています。
 
 
 
体のなかには「三尸 さんし」という虫が住んでいて、
この庚申の日、
 
寝ている間に体を抜け出して天界に昇り、
最高神である「天帝」に、
普段の生活ぶりをいわゆるチクるわけですね。
日本で言うと、地獄の閻魔さまにチクるわけですよ(笑)

 
で、この三尸(さんし)の虫から報告を聞きつけた「天帝」が、
“なに?そんな悪いことしてるなら、そいつの寿命を削ってやろう”…
そしてひとつ削り、ふたつ削りと、
寿命を減らされていくと信じられていたのですね。

 
 
眠ってるあいだにその虫が体の外に出ていくなら、
じゃぁ、夜通し起きてたらいいじゃん♪と(なんと安直な)(笑)、
 
寝ないで無病息災を祈ったのが庚申信仰の起こりです。

それが平安時代に当時の貴族にも伝わりました。
紫式部や清少納言も
庚申の日は眠らなかったそうです(笑)

 
 
 
平安当時は寝ないだけで拝む対象はありませんでしたが、
鎌倉・室町と時代がくだるにつれて庶民にも広がり、
 
西から東へ
 
一番の最盛期は、
世相が安定して来たおそらくは江戸の時代、
 
 
神仏習合のなか、
次第に仏教色が強くなり、
 
主に青面金剛と呼ばれる不動明王に似た仏様を、
目に見えて明らかな御本尊に見立てて
人々は拝むようになります。
 
 
そして神道(しんとう)的要素や修験、密教、
道開きの神さま・猿田彦さまを起こりとする道祖神なども加わり、
複雑にそれらが融合して、
石碑を結界のように辻かどに立てるような風習となりました。
 
 

大体、庚申の日は、
夜通し宴を催し、そのあと勤行をして、
 
それは村の衆の信仰度合いのひとつの目安でしょうが、
3年18回をやりきり、
その証しとして庚申塔という供養塔を立てたのでしょう。

 
 
 
安直云々と、
上のようにちょっとふざけては書きましたが、
 
 
 
信仰とはポーズではなく、
人々の痛切なる想いから生ずるものです。
 

 
昔の人はこの国の土地空間にマッチした
自然の流れに沿った旧暦で生きておりました。
 
それはこの国の、主に米作り・・
農耕にマッチした暦でした。
 
 
 
五穀豊穣を祈り、収穫を祝い、
その恵みを神=自然に奉げて感謝を示し、
神=自然に繋がりながら、
毎日を丁寧に生きておりました。
 

 
人は畏敬(いけい)の念を忘れるからこそ、
 
「行事」というものを制定して、
 
神=大自然への畏敬の念を忘れぬように
システム化したのです。
 
 
もちろん精神の抜けた形だけのもの、
形のむくろ・形骸化したものをとりおこなっても
天地とは繋がりません。
 
 
 
自然は大いなる恵みを もたらすと同時に、
またすべてをさらっていくものでもあります。
 
 
このFB でも毎日たくさんのおいしいものが上がっておりますが、
 
そのむかし、
作物が穫れないということがどういうことであるか、
 
あした食べるお米が底をついて、
飢饉などで それが何日、何十日と続くときもあったでしょう。
 

 
 
この伊那谷には、
川の氾濫も しょっちゅうである
暴れ天竜とも呼ばれる天竜川が流れています。
 
その天竜川を、
ときには飢えで亡くなった方の遺体が流れ行き、
そういった光景を目の当たりとしながら、
武士でなくとも この土地の人々は
 
確たる「死生観」が育っていたはずです。
 

 
庚申祭りでイベントを楽しむ反面、
そういった「死生観」も、
信仰の裏には流れていたはずです。
 

 
〝恐れを知らぬ自惚れた人は 宇宙の力を悪魔に変えた〟
 
「僕と彼女と週末に」という浜田省吾の歌ですが、

 
 
この畏れ(おそれ)・・
わたしたちが畏敬の念を忘れたことと、
 
現代まで連なる
さまざまに起きて来た社会問題とは
決して無縁ではありません。
 

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天地自然の法則を生きるとは、
なにも遠大に地球を大切にしましょうなどの、
ピーチクパーチクと
プラカード掲げた訴え運動ではありません。
 
 
普通に わたしたちの生活のなかにあるものであり、
 
たとえば「食」ひとつ、
土地のもの、旬のもの
(季節の、自然の気のサイクルにのったもの)を
有り難くいただく。
 
 
手間を惜しまず自分の手をかけ、
自身の気息を通したものを
なるたけ摂り入れる。

 

「気をはる」「気に掛ける」「気配り」をする。

 
 
生活諸事において、
このことだけに努めるだけでも、
 
わたしたちの心と体というものは
かなり変わって参ります。
 

 
今回は、そんな庚申信仰のお話しでありました。
 


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tag : 人間の可能性 心と体

DATE: CATEGORY:所感

このところ周りを観ていても
強く感じるのですけどね、
 
自分ルールといおうか、

 
ご自分の姿勢を
 
そのこころとからだにおいて
 
しっかり示してないゆえに
 
 
言いたいことが言えてなかったり、
仕事や人間関係ふくめた
人生上の諸問題に対応する力が弱いといおうか、
そんな悩みを抱えてらっしゃる方が沢山おられます。
  

 
たとえばカフェやレストランにおいても、
店主の考えによっては
小さなお子さん連れはお断りしますとか、
貼り紙のあるお店もあります。
 

 
サービス稼業として、
提供する側も受ける側も、
 
そこに示されたルールを呑んだ上で、
はじめてそのお店なりの
食空間を安心して味わえるものですし、
 
またそうした提供する側の
姿勢をしっかり示しておくことは、
先々において、
物質的にも精神衛生的にも、
お互いに困らない親切なありかたでもありますし、
 
それが「大人」というものです。
 

 
こういったネット上でも、自身の記事内容に対して
「場」に不似合いなコメントはお断りします、とか
何でも どんな示しでもいいのです。
 
 
 
ご自分がどういったスタンス、
腹づもりで物事に臨んでいるのか、
 
明確に相手に伝えておくことは
けして失礼なことじゃぁないですし、
 
 
そういった姿勢をはっきりと示すことは、
 
この短い人生において、
自身の人生を生ききって
貫いていく力に とても直結することです。
 

 
この短い人生において
 
なにも万人にいい顔をすることはないのですよ。
 
そんな暇ないはずです。
 

 
また世にはいっぱい吐き気がするほど
ピンきりでそういうの流れてますが、
 
少しばかり精神世界に触れたりして、
その類の情報も日々、たくさんネット上でも流れてますが、
固定イメージ、
思い込みが蔓延しているのかな・・、
 
 
自身の生活起居ぶりを棚に上げて、
成れもしない聖人君子を目指して、
 
ご立派に何かに対して応えなくてもいいですし、
また応えられない自分を
不出来だとして責めたりすることもないんです。
 
わたしゃあ、まっぴらごめんです。
 

 
 
実は『 何もしないことと 規律と 』と題して
書こうと思っていましたら、
 
前置きのつもりが長くなってしまいました(笑)
 

 
箱を設定するけど、
 
そのなかで起こる反応には 

いっさい干渉しない
 

 
この箱に相当するのが「規律」なのですが、
 
それは前置きで綴ったように、
 
しっかりと示すことと直結することであり、
 

この宇宙の法則とは「規律」で成り立っています。
 

 
 
「何もしない」ことと
 
「規律」といったものが、
 
相い矛盾しているようですが、
 

物事が健全に循環する姿において、
 
それはかなり密接な繋がりを持つのです。
 

 
私の場合は教室や講座を展開し、
自宅においては整体施術を受け付け、

そういったものを展開するに当たっては、
 
 
講座の参加者や来訪される方との了承ないし契約があり、
 
代価としての金銭の授受があり、
 
レッスン時間や施術などの決められた時間設定があり、
(遅刻やキャンセルなどは相手の時間を奪う行為であり、
またお相手にそうさせないためにも規律が必要になります)
 
またそのための部屋という
場所設定が必要となります。
 
 
 
つまり、これも「何もしない」ための、
「箱」を用意するための準備なのです。
 

 
 
「何もしない」とは、
 
先日、記事でも触れた老子の説く
 
「無為自然 むいしぜん」に相当します。

http://9512taitao.blog.fc2.com/blog-entry-345.html
 

 

箱とその中身が正しく機能するには、
 
一定枠の「規律」というものが必要になって参ります。


その「規律」を設定するのに
背伸びや物怖じはいらんのです。
 

 
長くなって参りましたので、
覚えていましたら、
またこの辺りのことを繋げて
お話しさせていただこうと想います。
 

ここまでお読みいただき、
ありがとうございました。
 

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tag : 人間の可能性

DATE: CATEGORY:所感

☯松静自然(しょうせいしぜん)とは、
 
身体をゆるめて、
その精神情緒は安定しており、
 
無理なく自然である状態のことです。
 

 
 
また自然体とは、
 
よくイメージされる、
ただ開放的で、
 
ゆるゆるのリラックス状態を指すのではなく、
 
 
危急のときなど、
いざっというときあらば、
 
即時その場での適切な対処能力、
 
処理速度(意識の早さ・反応力)を
 
いかんなく発揮できる、
 

 
「一定の ゆるみとしまりが同在する」、
 
特殊な運動状態を指すものです。
 

 
これは抱えている仕事の質や、
 
社会と自分との関わり、
 
人間関係の読み取りにも通ずるスキルと成ります。
 

 
その こころとからだの状態において、
 
ふだんとても忙しく過ごしている方ほど、
 
第一のステップとしては、
 

 
まずその身体の緊張をほぐして、
 
 
浅い呼吸から(感情の乱れを呼ぶ)深い呼吸へ
 
 
その息づかいが無理なく調っていくプロセスが
 
必要となって参ります。
 

 
その深いリラックス状態における
プロセスを体感することは、
 
 
緊張しながら同じ5分をすごした状態とでは、
 
同じ時を過ごしたにも関わらず、
 
 
わたしたちの脳内の時間はゆっくりと流れ、
かつ充実した感覚を覚えるものです。
 

 
☯「松静自然 しょうせいしぜん」とした、
 
全身運動の習得は、
 
持ち前の脳機能のセンスの拡大ふくめ、
 
価値観・人生観を変えるほどの効果をもたらすものです。
 

写真は紀元前の、
 
「導引図 どういんず」と呼ばれるものです。
 

導引図③


導引図①


 
それは古くて、
またこれから時代として
新しくあるものです。
 

なにが導引されるのかは
それぞれに感じ考えたいところであります。


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tag : 人間の可能性

DATE: CATEGORY:所感

意いたれば 気いたる

 
こころ向ければ 
 
「気」は既に
そこにあるという意味です。

 
 
料理で使う包丁、
掃除に使う雑巾ひとつ

その他あらゆる道具まで。

 
特に水もの・・・料理やお茶出し、
花の水やり

本人の“気”が素直にノります。

 
 
怒って作れば、その怒気により、

それなりのものが出来上がります。

 
物事に対してどんな意識で取り組むのかは、
とても大切なことです。

 

 
うまくは翻訳しにくい、

わたしたちの感性力の現れとして

それは「空気を読む」こととも
つながることですが、

 
東洋の叡智とは、
 
「気を読み取るスキル」を差します。

 

 
茶道…茶室という宇宙に入る前に、

茶室へ向かう庭に
足を踏み入れたところから

「茶」に こころ と からだが 向かうべく、
 
有・無に限らずに意識の作用が働くような
「装置」と成っています。

 
 
神社参拝・・・ 参道に足を踏み入れ、
鳥居をくぐって神域に入り、

畏れながら osorenagara 神前に
からだ と こころ を向けることも
同じことです。

 

 
あたまがちがちで進退極まり、
とても悩んだ経験をされた方。

 
仕事でも家事でも その作業において、

何か物事に取り組む際、
感情をフラットにして行うよう

つとめてみてください。

 
 
それは「無」になることとは違いますが、

また「無」になるための訓練でもあります。

 

 
本質的なことや
深い事柄を説明しようとするとき、
 
言葉はあまりにも非力であり、
またケースバイケースにより、
ときにはこちらも
矛盾をはらんだ言いかたをすることがあります。

 

 
たとえば老子の説く
 
「無為自然 むいしぜん」とは、

ただ何もしないとか、

社会と隔絶されたところで悟るとか、

そんなものではなく、

 

この天と地のはざま 
 
人と人としてのはざまにおいて
(人間) 

 
人間として最大限に働きかけ 

あとは干渉なしで物事を開け放ったところで 

 
より良き状態を目指して
 
改善に向かって働き出す
 
「力」の作用を指します。

 
 
 
脳の生理(整理)機能が
じゅうぶんに働くためにも

スペースを空けるべく、
つとめてポカンとしてみます。

 

 
人為的に作られた 
農夫の良く手入れされた

「気」の行き届いた田んぼが、

 
日の光、風の流れなど自然の恵みを受け、

田んぼという宇宙に 
かわず鳴く生き物を宿し、

その水面はさらに「気」に溢れ 光り輝き 

われわれが口にするお米という恵みと成る

 
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顕在意識と潜在意識の関係にも
つながることですが、

「無為自然」…ほんとうのプロセスとは、

表面下の見えない部分で起こっているのだということを、
こころにとめておいてください。

 

この意識の統合を、
取り組まれる方それぞれにおいて、

本人も知らずして

結果、
 
絶妙なバランス状態で成り立たせるのが、

内観(観察と集中力)を伴った
ボディーワークの奥義です。

 

私のレッスンを体験された方は
おわかりになると思いますが、

それはなんてことない、

 
眠りと覚醒の中間を

そのこころと からだにおいて 
運動実現させるだけです。

 
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その実現のカギともなることですが、

・・・とても普遍的なことを述べます。 

 

 
何かを 
ものを学ぶには素直さが必要です。

 
ご自分にとって本物なり、
そこに何かを感じたのであれば、

 
一定期間、

 
からだもこころも投じて
「没入」することは、

とても大切な姿勢です。

 

逆にあなたが
既に何かを知っているのであれば、

それは学識ではなく、

人生上、
ご自分なりに つかんだことでも良いことです。

 
 
学んだことをご自分なりに整理して、

人さまにお伝えすべきです。

 
 
知識はそれだけでは机上のことであり、

その知識は、 

わたしたちがより良く生きていくための
 
「知恵」に成らなければいけません。

 

 
それから 
受け入れ能力というものがあります。

 
今はまだ自分にとって意味がなく、

何もこころに響かないようでしたら、

無理に理解をしようとしたり、

受け入れようとしてはなりません。

 
 
今はまだ理解できず、
また反発を感じてもいいんです。

 
ご自分の受け入れ能力が高まりますと、

あとになって必ず

それがとてもシンプルで、
とても価値あることなのだと

気づくときが 必ずやってきます。

 

 
自分は既にすべてを知っているとし、

また疑いと抵抗の念を抱いて事にのぞむ人は

そこから ほとんど何も学び得ません。

 
理 ことわりが無いとして、
無理と書きます。

 
無理をせず、

ご自分の成長と、こころの平和と、

こころ豊かになることを
 
喜んで学べる姿勢が整ってから
取り組まれたほうが、

 
多くの気づきとともに、
 
人は多くのことを学ぶことができるのです。

 

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tag : 人間の可能性

DATE: CATEGORY:所感

「 行住坐臥 ぎょうじゅうざが 」

 

“行”は行動すること。

“住”は、じっとすること。

“坐”は、すわること。

“臥”は横になること。

 
要は、寝ても覚めても。
 
 

この場合、取り組み続けて来たことが、
 
いついかなるときでも
「発揮できる状態」を指します。

 

昨日、「ホームエンターテイメント」と題した、
冗談のような動画記事を挙げましたが、 


☯「行住坐臥 ぎょうじゅうざが」

 

ただ教えられることを待つだけでなく、

教えられた範囲で、
次の直接指導を受けるまでの間、
 
自分でもなんとか
あぁでもない こうでもないと創意工夫をして、

たとえば通学や通勤時間を活かして
身につけるような努力は必要です。
 

 
私が伝えるボデイーワーク体系の中心核であり、
力の源泉とも言える、
 
「站樁 たんとう」という訓練法があります。


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これはその効果の一側面だけ挙げますと、
 
不動の状態を保ちながらも正しく行えば、
不動でありながらも
(実際には限りなく不動に近づけた微動)
 
体幹部の深いところにある筋肉、
最近で言うインナーマッスルを鍛えてくれる
 
「特殊な運動状態」でありますが、
 
 
 
それこそ電車待ちの駅のホームや、
揺れる車内で吊り革をつかまずのバランス訓練など、
 
私は四六時中、工夫してよくやったものです。
 

こないだなんか「站樁 たんとう」なんて知らない幼児が、
親が自分の高さの視点で しれっとしているなかで、
電車内でたくましくバランス訓練してました。
 
・・・こん子は きっと大物になる・・(笑)
 

 
話し戻りまして(笑)、
 
学んだことをひとつひとつ、
 
自分なりに消化(昇華)することが大切です。

 

私自身は そろそろ46になりますが、
たまに人に聞かれるのですよ。

 
「週どのくらいトレーニングされてるんですか?」

「痩せてていいですね」

・・・私はこう答えます。

 
「毎日です」

 
 
教室や講座での指導などは別にして、

何曜日の何時間とか限定しているわけではなく、

生活起居のすべてがトレーニングや「行」になってます。

 
 
日常の身体つかいすべて。

 
 
一般労働ほか、

洗濯干すときもそう、

スーパーに買い物に行くときもそう、

料理を作るときもそう。

 

エネルギー効率の良い姿勢状態、
 
使うべき筋肉や気血の状態、

空間における神経の張りかた、

すべてです。

 

何かを真摯に修めたい場合、
それは武術やボディーワークに限らず、

常に「気に掛け」、
その費やした圧倒的な時間の量の蓄積が、

真に「身につける」ことにつながり、

その刹那…いざという時にパッと適切に対処できる

処理速度と申しますか、
意識の早さと反応力が身につきます。
 

 
これは他のあらゆる仕事や、
非常時の対応力にも結びつくスキルです。

 

この圧倒的な時間の質量により蓄積された力を

中国武術や気功の世界では「功夫 Kung-fu 」と言います。

 
この場合における質量の「質」とは、

なにか事に当たって臨む上での、

絶え間のない意識のことです。


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やったりやらなかったりしている状態と、
毎日続けて行っている者に、
 
天と地ほどの差が生じるのは、
どの分野にも同じことが言えると思います。
 

 
体系立てられたボデイーワークの、
なにかひとつでも修めようとする場合ですが、
 
現代は圧倒的に基礎体力の足りない方が多いです。
 
 

初学の内は身体慣らしの5分単位から始め、
 
毎日続けて3週間ほど、
 
それでひとつの「回路」が出来てきます。
 
 
 
身体ならしの段階から
次へシフトする練習量としては、
 

10分から40分を目指すと良いです。
 
 
だいたい40分くらいが、
人の脳や心身に
目覚ましい変化が起きてくる基本単位と言えます。
 
それ以上長い時間おこなっても、
脳内の集中力の持続性の問題で、
効果はそれほど変わらないでしょう。
 

 
ただし、
複数の生徒さんや参加者が加わり、
いろいろな訓練要素で組み立てた、
毎月の一時間半や2時間枠のレッスン時間は別です。
 

たとえば温泉景勝地など、
日常と隔絶された合宿リトリートともなれば、

濃密な時間を共にするミラーニューロンによる
こころとからだへの浸透度は、
飛躍的に力をつけてくれる体感を
参加者は経験することとなります。

 

 
練習時間の10分と40分の違いは、

たとえば痩せるために始めたジョギングとしてみましょう。
 
単純に10分で日々、続けて、
痩せるとは思えませんよね?(笑)
 
 
 
自分の身体の一体どこが緊張していて、
どこがリラックスできているのか、
 
意識の凝らしのない、
漠然とした器械的な運動動作では、
効果はさらにありません。
 
 
 
40分走ってそれで痩せないようであれば、
そこで始めて食生活や
生活リズムなどの見直しとなりますが、
 
 
 
初めからできる できないではなく、
 
 
人生とはシンプルに
 
 
やるか やらないか、
 
 
からだとこころの適切な反応力の変化など、
 
すべて絶え間なく続けてきたことの、
 
結果にしか過ぎないと、
 
 
私の経験上としては感じ 想うわけです。
 



写真はすべて明治・大正・昭和の方々です。

わたしたちは便利さの、

そして豊かとされるなかで、

何を得て 何を失ったのか、

一緒に感じ 考えたいところです。



ベアト⑤  米俵①


米俵②


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DATE: CATEGORY:動画紹介
ダブルレインボー



言葉を労するよりも、

たまにゃあ、
こんなくだけたものもいいでしょう(笑)
 
 
☯生活トレーニング
https://youtu.be/LJ49BjbuI-0
 


☯生活カンフー・功夫
https://www.youtube.com/watch?v=UcKd7I2eT3s



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DATE: CATEGORY:感性文

左の手のひら 右の手のひら

陰陽 相い合わさって

両の手のひらには何がある

 
手のひらのあいだには「闇」がある

 
「闇」なれど あたたかい

 
出会いがあった わかれがあった

生まれ産まれて 死に死にて

闇一点から また何かが生ずる

 
闇一点から この「宇宙」が生まれた

それがこの「宇宙」の理 ことはり(法則)

 
 
固有の宗教や思想などに関係なく、
古今東西、
人は自然とその手を合わせる

 
心をそろえ 無心に手を合わせる

 
合わせた静やかな「闇」のなかから

心軽やかに 
 
無限の光りが生まれることを

 
みな知らずに知っているからだ
 

 
山下 俊行



丸山千枚田

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丸山千枚田⑤


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