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【からだの発見】

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気功や太極拳をお伝えするなかで、これらは運動療法なので実技は確かに大切なのですが、私は座学にも相当数時間を掛けます。

それは認識の変化こそが、実力を着けるいちばんの近道だと捉えているからです。

それが練習においての「質」というものを形成し、その質をベースにした上での練習「量」がそのまま取り組む本人の功夫(実力)に反映される・・・極めて明快な世界だと言えます。

気功や太極拳の世界においての「発見」とは、練習中に生じる微細な感覚のキャッチ能力を指します。

それは野に出て自然観察をする楽しみや喜びに近くもあり、また野に出なくても、たとえばベランダの観葉植物の水やりでも、ただ習慣として水を注ぐだけでなく(型においては決められた動作を盲目的に繰り返すなどに似ます)葉っぱ一枚一枚の元気のあるなしや、どんな虫が飛来し活動していたか‥など、

そうした発見のプロセスが、気の運行を中心にしたボディーワークにおいてはいちばん身近な自然生命である自身のからだの内側へと関心が向かうのです。

たとえば内功八段錦ないこうはちだんきんの第1の動作を取ったときに、背中のあるポイントの筋肉を緩めることで、内側の皮下組織のスムーズな流れを体感し、体内の水分調整をつかさどる働きと、機能不全に陥れば心理的には精神的不安や怖れにも影響している腎臓の働きにまで影響していることを、

日々、黙々と働いてくれているからだの生命活動を注意深く観察することでその素晴らしさと新鮮な発見の喜びを覚えて参るのが、一連の練習の意義とプロセスの中にあると言えるでしょう。


求めてやまなかった心身の健康という「結果」は、

そうした発見のプロセスを続ける果てに、追い求めずとも実はいつの間にかそばに居てくれたのだという感慨と、そうした心境への認識の変化として自身の内側で静かな革命が起きる世界と呼べるかも知れません。


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