『背負うということ』

「背負うということ」


ドラマ「北の国から」 第七話において。

小学生でも何かを背負うことの大切さを、

身につまされて教えられるエピソードがあります。



この何かを「背負う」という行為ですが、

心と体の関係性・・・よくいわれる「自立性を養う」など、

意識的にも無意識的にも、

身体レベルから精神レベルに働きかける行為として、

実に大きな行為だと言えるのです。




むかしの子どもはほとんどが背負子で育ったものです。



大事に大切に抱えるハグも それはそれで愛情たっぷりで良いことでしょうが、

これもバランスで、

大事に抱え 守りすぎて、生きる耐性を見失わせやすい面もあるものです。




「おんぶ」

背負われる子は、肌を通して、

親の息づかいや、見ている風景、

心に落とした意志などを如実に感じ取り、

無意識のうちにその心と体に「影」ともよべるその存在を沁み込ませていくものです。




「影を落とす」


おんぶする…

なにかを背負うということ。



生きていくうえにおいて、

身体的にも何かを背負うという体験値は、

そのまま足のふんばり、

腎臓(ケアなくば、影響する心理は怖れ・不安)のふんばり、

生きる踏ん張りに影響することです。




「大森貝塚」を発見されたエドワード・S・モース博士。

1877年(明治10年)から3度の来日をされ、

2年の滞在の間に、北海道から九州まで全国津々浦々をまわり、

人々の暮らしぶりなど多くのスケッチを残された方です。


そのモース博士が晩年に書かれた「Japan day by day」という日記に寄りますと、こんなことが書かれています。


「子供を背負うということは至る処で見られる。

婦人が5人いれば4人までが、

子供が6人いれば5人までが、

必ず赤ん坊を背負っていることは誠に著しく目につく。


時としては、背負う者が両手をうしろに廻して赤ん坊を支え、

又ある時には赤ん坊が両足を前につき出して馬に乗るような恰好をしている。

赤ん坊が泣き叫ぶのを聞くことは滅多になく、

又私は今までのところ、お母さんが赤ん坊に対して癇癪を起しているのを1度も見ていない。


私は世界中に日本ほど赤ん坊のために尽くす国はなく、

また日本の赤ん坊ほど良い赤ん坊は世界中にないと確信する。


かつて1人のお母さんが鋭い剃刀で赤ん坊の頭を剃っていたのを見たことがある。

赤ん坊は泣き叫んでいたが、それにもかかわらず、

まったく静かに立っていた」



この〝まったく静かに立っていた〟という、

冷静に状況を把握している親のブレのなさ。


普遍的なところで、

波動というものはしっかり極めこまれたブレのなさから良好に伝わっていくものです。


こうしたブレのない親の波動をしっかりと受けていれば、

生活圏での公的な場において、

たとえばスーパーのなかで奇声を発しながら自由に駆け回る子供の異常性など産まれようがありません。

見とがめた私の視線と、幼児の視線が合ったとき、

「うちの親はここまでやっても平気だよ」と、確信を訴える目をしていた。

自分の欲求がどこまで許されるのか、しっかりと見通した目をしていた。

はっきりいってかわいくない、じつにいやらしい目づかいとなっていた。



「自由」とは無法ではない。



最近では発達障害など、子供だけに原因を求めようとする向きも聴こえますが、

たいがいは親や、取り巻く大人の問題が子どもにあらはれているケースが実に多いです。




空気読み。


分別」を覚えるとは、

人間関係力において、

ボーダーライン・・・境界線を読み取る力であり、

境界線がはっきりすることによって「空間構成」が極まり、

また良質の波動が伝わりゆくものです。

背負う③


「北の国から」 第七話
https://www.youtube.com/watch?v=nGJaiWY_f1I&feature=youtube_gdata_player



最後の写真、

弟か妹か、他人の子かどうかはわからない。

背負いし少女の眼は、

凛とした光りを宿し、

とても力強い命の力を発している。

君背負いし

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プロフィール

9512taitao

Author:9512taitao
〔 山下俊行 〕

1969年生まれ。

【 Vital Energy Body Work 山下道場 】代表


Vital Energy Body Workとは、
ヨーガ・気功・武術・整体手技などを研究・実践、整理を重ね、
 
とかくバラバラになりがちな現代人の

こころ と からだ がより良く寄り添うような、

身体と心の在りかたセッションです。



からだ の軽快な状態をもって こころ の状態が導かれていく


セッションの比重としては、
中国気功養生の緻密な内観(観察と集中)をベースに、
身体操作・ヨーガや症例に応じた各種整体運動・現代型ストレッチなどをとりいれたセッション内容となります。

 
一般に広く行われているリラクゼーション主体の癒やし効果だけではなく、


循環機能するための、ゆるみとしまりのバランス良い関係

「内から溢れるしなやかな強さ…生命根源の力が高まっていく」


そんな状態をセッションでは当面、目指しますが、
プロセスのなかでいずれはそんな目的も自然に忘れて、
楽になれば良いと捉えております。


現代は特に、

“あたま”が賢くなることよりも先に、
 
“からだ”が賢くなることが大切なことと感じています。

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