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『 症状という表現 』


ここのところ食べ過ぎだったので、
通常の仕事をこなしながら水を含むだけの、
丸一日だけのプチ断食を終えた山下です(笑)

 
 
およそ症状というのは、
それを訴える本人の「表現」なので、
 
樹木に たとえますと、
 
あまり枝葉である「症状」そのものだけに
目を奪われ過ぎていると、
 
その根本・本質を見失うものです。

 

私はボデイーワークを中心に
各種セルフケアを人さまに お伝えさせていただいている立場ですが、
ずいぶんと前に、この確信に行きついたとき、
それで私はずいぶんと気が楽になりました。

 
大切なのは、
それを訴える本人の変わりたいという、
 
「本気で感じる」強い気持ち。

 
何かしてもらおうと願うばかりの依存心ではなく、
自分の人生を主体的に、
積極的に生きたいんだという強い気持ち。

 
そこに提供者のケアが合致することで、
ケアやヒーリングというものは
 
「はじめて」作用していくものです。

 
 
思い込み含めた
〝自分がどうにかしてやろう〟という提供者のエゴもまた問題ですが、

症状を訴える側の、
与えられた自分の人生を、
主体的に生きたいという気持ち・・・
 
お互いの協力関係があって、
はじめてケアというものは成り立つものです。

 
 
 
人間とは「意識」という強い力を持つ生きものです。

 
口では良くなりたいと訴えながらも、
変化への おそれからか、
実は根っ子のところでは良くなりたく想っていない方もいます。
 
 
症状という訴えで、常に周りの関心を集めたい・・
深いところで そういう心理をお持ちの方も、
世にはたくさんいらっしゃいます。

そういう心根をお持ちの方は、
ありとあらゆるケアを受けようとも、
 
受ける側も提供する側も、
この限られた人生の時間枠のなかで
無駄な時間を演じ続けることに成ります。

 
 
良くあるパターンですが、
試験前になると かならずお腹が痛くなる「芸」(笑)を身につける お子さんがいますね。

人間の想念の力というものは、
最近では量子論でも説かれているように、
 
「良くも悪くも」現実化できるくらいの
強い力を持ってます。

 
いろいろと理由となる心理が
本人の心根の深いところで働いて、
事故や病気を引き起こしたり、
その他トラブルを成立させてしまう・・・
 
そういった人間関係ふくめた周辺環境さえ整えて、
呼び寄せてしまうくらいの力を持っているものです。
あまりよろしくない方向で働きますとね。

 
だからこそ、
 
「で、つまるところ本当は あなたどうなりたいの?
自分の人生」

この問いかけが大切となって参ります。

 
人生は短しです。



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