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【 結果、そうなればいい 】

【 フィールド ナチュラルボディーワーク 】②


以前、こんな貴重なコメントをいただいたことがありました。
「穏やかの中、知らず知らずのうちに、健康になれればいいですね」と。

実はこのことは講座のなかで、
受講される方に良くお話しさせていただいてることなのです。

 
練習を始めた最初の動機は、
健康でも美容でも何でもいいです。

 
いつしか「無心」になってボディーワークに取り組み続け、
 
そしていつしか
 
〝健康でなければならない〟
 
そのとらわれを忘れて

 
「結果」、

 
いつの間にか健康になっていれば良い、と。


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救急の場はさておき、
未病やその症状が重度でもない限り、
 
自身の回復力の信頼ふくめて、
しっかりと様子を観たほうが良い場合がたくさんあります。


これは仕事や人間関係のトラブルにおいても
同じようなことが言えます。

「なんとかしなくては・・・、なんとかしなくちゃ・・・ 」
 

重ね続けるそうした心の、
想いの緊張が(想いが重い・・・ものごとの停滞)、

からだの緊張からくる体液などのつまりを呼び、
 
自他の想いがんじがらめで一向に改善に向かわないケースは
よくあることなのです。

 
 
そうした想いのがんじがらめを、
 
それこそ神社で静かに気を落ち着かせて
手を合わせるような面持ちで、

 
「無心」のたたずまいで一度棚上げすることで、

 
停滞していた「流れ」を揺り起こすこと。

 

ボディーのケアワークとは、
そうしたことを理屈抜きに行うものなのです。



命とは「流れ」です。

 
流れとどこおれば よどみ 沈み、

やがては腐ってゆくものです。

 
事象の本質もまた「流れ」のなかにあります。

 
 
 
「功」・・経験の蓄積の意。
 

たとえば「気功」とよばれる、気の訓練の目的は、
 
流れの底にあるものを汲み取る能力を引き上げて、

自身の内なる「自然」を
 
後天的に獲得して生きるためであり、

 
それはこれからの時代だからこそ、
ますます必要になってくるものなのだと、
自身の領分において私は強く感じるのです。


【 養生学習塾 】




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