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9512taitao

Author:9512taitao
[ 山下俊行 ]

1969年生まれ。

【 Vital Energy Body Work 山下道場 】代表


Vital Energy Body Workとは、
ヨーガ・気功・武術・整体手技などを
研究・実践、整理を重ね、
 
とかくバラバラになりがちな

こころ と からだ をより良くまとめられるよう、

東洋の叡智を結集した身体と心の技術体系です。


からだ の状態をもって こころ の状態を導く


中国気功養生の緻密な内観(観察と集中)をベースに、
身体操作・ヨーガや整体・現代型ストレッチなどをとりいれたレッスン内容です。

 
リラクゼーション主体の癒やし効果だけではなく、


循環機能するための、ゆるみとしまりのバランス良い関係

「内から溢れるしなやかな強さ…生命根源の力が高まる」


これが主なセッションの目的となります。


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DATE: CATEGORY:神さま
猿田彦神社


この国は自然崇拝アニミズムから、仏教伝来、
それまでの土着の多様な豪族の在りかたから、大陸の律令制を参考に取り入れ確立して、
地道にこつこつと国の様相を呈して参りました。
神社建築とその参拝機能を各所にスポット的に配置して、少なくとも千年。
 
千年以上の長きに渡り、続いているということは、
 
機能的に無駄なく、無理がないということです。
 

 
もっとさかのぼれば、
 
毎日が神事であり、
一万年の長きに渡り続いていたという縄文のコミュニティが、
かつてこの国には存在しました。
 
ひそかに欧米の学会が着目しているように、
 
一万年続くほどに事足りていて、
 
機能的であり、
人々の暮らしに無理がなかったということでしょう。
 

 
それが伊勢神宮のように大きな社に関わらず、
 
鳥居のように 特別に目に見えた扉とも言えない、
 
〝一見、機能的ではない〟構造物が立っている。
 

 
「見立て」
 

 
その開かれた、実にオープンな空間のなかに
 
顕在的にも
 
潜在的にも
 
わたしたちの心身に及ぼす良質のエネルギーが
 
確かに機能的に作用している。
 

 
神社神域とは
 
こころに畏敬の念ある者ならば、
 
それが確かに作用する「場」であり、
 
人を清浄(正常)たらしめ、
 
 
襟元を正して心身をクリアにする
 
道行きであります。
 

 
 
大別すると、神なるものの二つの側面(人も同じです)、
 
にぎみたま と あらみたま
 
調和 と 活動エネルギー
 

やさしさ と きびしさ と分かりやすく捉えてもいいです。
 

調和だけでは 枠内に収まって
 
成長・発展、
 
そのための循環が実は働かない。
 

 
賢明な方は、これから述べること、
その問題点に既にお気づきでしょう。
 
一般に広く浅く伝わっている、
本来のスピリチュアルの深度と高度を欠いたものの概念は、
 
ほとんどがまとまりなく人心を惑わせ、
 
どっぷりハマって浸かっていると、
人を腑抜けにさせるものばかりです。
 

だからといって、いたずらに排他的になることはありません。
 
わたしたちは自分なりに哲学する、
つまり自分なりに感じ考えて意識的に検証する時代に入っております。
 

 
何をどう選択して生きていくかは
もちろん自由(真摯に人生全般の影響を考えると、ほんとは自由ではない)
 
考えなしにいつまでも
どっぷり浸かっていると健全さを見失うものです。
 

いろいろ個人として生きて疲れてしまったプロセスとしては、
そういった時期を送ることも人生のなかにはあるでしょう。私もかつてそうでした。
 

 
至極、本質的なことを話せば、
 
信仰のリスク面とも言える、
 
自分で考え、行動する力を弱めて、
 
他の何かに預け入れるように生きてしまう傾向は、
時代の変化のなか、形を変えても変わっていない現実もあります。
 
このことは、政治・思想・宗教・科学・あらゆる文化活動すべてにも言えることです。
 
 
 
すべてに通ずる、自身の内と外の「生命」活動そのものに根差した関心と、捉えなおしをはかることで、自ずと「在りかた」が生じて参ります。
 
「状態」とはなにか。
 

 
今や中毒性をもはらんでいる外在のものに強い関心を向けずとも、
 
それらで説かれているすべてが、
 
この国の深い歴史の層と
 
日々、絶え間なく行われている神事のなかに
すべて生きている。
 

 
戦後以来、いや、もっとさかのぼれば明治維新以降、
良かれと着手してきた近代化という流れのなかで、
 
それと気づかぬうちに
時間を掛けて腑抜けと成り、
 
目隠しをされるように見失っていった
 
わたしたち日本人の「神性」はどこにあるか。
 
足元ふくめて 向けるべき関心はどこか。
 
 
 
長い間、それと自身と周りを見渡して来たなかで、
 
歴然たる事実として、
 
外在のものに頼りすぎる者には、
 
人間生命力としての覇気・気骨というものがない。
 

 
先に述べたように、
 
自分で考え、行動する力、
 
生ききっていく力そのものが弱い。
 

 
生ききっていく力が弱いということは、
 
背中で語るように、
次代に何の姿勢も示し得ないということです。
 

 
 
大生命の呼吸状態を導くために、すべてを一新する遷宮があるように、
 
取り戻すべき生命の息吹きとはなにか。
 
 
 
ひとくちに語り尽くせないことですが、 

あらためて感慨あるなかで、
 
やさしさ と きびしさ
 

たとえば神社神域の“凛とした”気風。
 
 
 
この凛とした気風こそが、
 
この国の、
 
わたしたち日本人の「神性」に通ずることは、
間違いなく言えることです。
 

 
どこの国土地に足を向けようとも、
 
成層圏を突き抜けて宇宙に旅立とうとも、
 
 
帰属ベースを忘れ、
 
地に足根ざす豊かな重力の恵みを
ひとたび見失えば、
 

それが外交上の外つ国の関係であろうと、
個人の関係であろうと、
 
自他ともに認め 認められ
 
 
あなたは わたしは
 
この地球の日本人であると どうして
 
凛と立って誇らしく言うことが出来ようか。



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