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【 悲しみという力もある The power of sorrow 】

「汚れちまった悲しみに 今日も小雪の降りかかる

汚れちまった悲しみに 今日も風さへ吹きすぎる

汚れちまった悲しみは たとえば狐の革裘(かわごろも)

汚れちまった悲しみは 小雪のかかってちぢこまる

汚れちまった悲しみは なにのぞむなくねがうなく

汚れちまった悲しみは 懈怠(けだい)のうちに死を夢む

 
汚れちまった悲しみに いたいたしくも怖気おじけづき

汚れちまった悲しみに なすところもなく日は暮れる……」

 ー『山羊の歌』より 中原中也 ー
 

UPON THE SADNESS ALL SMEARED UP..
 
Upon the sadness all smeared up,
Another sprinkling day of snow.
 
Upon the sadness all smeared up,
Another day the winds will blow.

Sadness that's been all smeared up,
Might compare to the pelt of fox.
 
Sadness that's been all smeared up,
In the flurry of snow, cringing down.

Sadness that's been all smeared up,
Nothing to hope for, nothing to desire.
 
Sadness that's been all smeared up,
Langorously dreams of death.

Sadness that's been all smeared up,
Cringing spineless, so achingly.
 
Sadness that's been all smeared up,
Nothing can be done, the day turns to dusk...

 
Chūya Nakahara 1907-1937
 

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美しい想い出というものは、悲しみを伴ったものです。

そしてその悲しみは、

ときには人生を推し進んでいくための力ともなる。

 
楽しい思い出というものは、意外にそのままに耽ってしまって、

実はなかなか力とは成りにくいものです。

 
 
悲しみはこころ横に携えるものであって、

浸ってしまっては、もうその先には進めない。

 
中原中也はその本質に気づいてしまった・・・・・・

中原中也 1907-1937 は詩人として、存命中に名が売れてしまった人でした。
 
 
推し進んでいくための本来、純粋な悲しみが 
 
あるところで汚れてしまったと感じてしまった。

 
 
中也は詩作で表現することにより、

悲しみという力を 純粋に自らの内に取り戻したかったのだとも、

そう私には感じられる詩です。


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雪の、静かに音を吸収する神聖さ。
 
「悲しみ」というものをフレームという宇宙に閉じ、再現性を高めることが
芸術というものの源なのかも知れない。


悲しみという力







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