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【 旅のようなもの 】

本日の教室、昼の部の稽古風景です。

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毎回の練習はひとつの“旅”を完了させることに似ています。
そして、この種の旅がもたらす意義や興奮、発見のプロセスは、それを行った人だけが知っている質のものです。


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“旅”としての場所は、人目をひく観光スポットを巡る旅行のようなものとは違っていて、どちらかというととてつもなく広くて一見、何もない場所を延々と歩き続けることに似ています。

そしてそのような旅では、人の意識は自ずと自身の内なる自己へと向かうのです。


“旅”と旅行の違いですが、かわいい子には旅行をさせよ、とは言わないものですね。

旅から無事に帰り戻りて、そして果ての無い大地から拾い上げたものこそが、旅を完了させた者の宝となって行くのでしょう。


This is the scene of today's lesson.

Each practice is like completing a journey.
And the significance, excitement, and discovery process of this kind of journey will be of a quality that only the person who has done it knows.

A place as a "trip" is not like a trip around a prominent tourist spot, but rather like a long, stroll through an incredibly wide, seemingly empty place.

And in such a journey, one's consciousness naturally goes to one's inner self.

It will be the treasure of him who has completed the journey, when he has returned safely from the journey, and has picked it up from the boundless earth.


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