プロフィール

9512taitao

Author:9512taitao
[ 山下俊行 ]

1969年生まれ。

【 Vital Energy Body Work 山下道場 】代表


Vital Energy Body Workとは、
ヨーガ・気功・武術・整体手技などを
研究・実践、整理を重ね、
 
とかくバラバラになりがちな

こころ と からだ をより良くまとめられるよう、

東洋の叡智を結集した身体と心の技術体系です。


からだ の状態をもって こころ の状態を導く


中国気功養生の緻密な内観(観察と集中)をベースに、
身体操作・ヨーガや整体・現代型ストレッチなどをとりいれたレッスン内容です。

 
リラクゼーション主体の癒やし効果だけではなく、


ゆるみとしまりのバランス良い関係

「内から溢れる強さ…生命根源の力を高める」


これが主だったレッスンの目的となります。



関節や心・肺に無理な負担をかけず、

老若男女問わずに、

練習に努めることで「結果」

からだの奥底に眠っている生命力を奮い立たせることを狙うレッスンです。



今まで出会った方々

これから出会う方々へ


貴重なるご縁に

感謝申し上げます。




身体に対する意識を高め

自己否定をしない、内から湧き起こる真の「自信」を育て

深い たましい の道行きを 皆さまと共に歩めたら

そう感じ想いながら日々、活動、
発信させていただいております。


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DATE: CATEGORY:神さま
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松下幸之助社 - 祭神:松下幸之助命

三重県鈴鹿市、

猿田彦大本宮
「椿大神社 つばきおおかみやしろ」内にある末社です。
 

 
この神社の崇敬者であり、
また自らもこの社内(やしろない)に
没後、神として祀られた松下幸之助氏が、
生前、寄進された「鈴松庵 れいしょうあん」という茶室があります。
 

おかげさまで先日の立春、伊勢参拝の帰り道、
今年もこの庵で
お茶をいただくことができました。
 

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松下幸之助氏は その経営手腕のかたわら、
日本の心として、
神道(しんとう)・・かんながらと、
茶道の実践をされておりました。
 
 
写真の茶室は庭園とともに、
松下幸之助氏が、
 
日本の心をこよなく愛する想いから、
茶道の発展を祈念して
椿大神社に寄進されたものです。

「鈴松庵」とは、
鈴鹿の"鈴"と松下幸之助翁の"松"をもっての
命名です。
 

 
 
以前、パートナーが感動したと言って読み上げていた
松下幸之助氏の一説を聴いておりましたが、
 
真理に辿り着いている方は
「老子」同様、だいたい同じことを言うなぁと、
改めて深い感慨を持ちました。
 

 
そして老子同様、「本質」が語られたものには
 
古いも 新しいもありません。
 

ここまで話しておきながら、
実を申しますと、私は松下幸之助氏のことは
あまり詳しく知らないのですが(笑)、
 
残っている数々の言葉の響きから察するに、
 
きびしさが美しさにまで昇華されたものを感じます。
 

 
そのお持ちでらっしゃった「神性」が、
 
社に祀られるほどに成った方なのだと感じます。
 

私は直感的に、このお方の
その凛とされた気風が好きです。
 

 

私は世にある どんな名言も、
本人の人生上の体感が追いついて来ない限り、
腑に落ちるものではないと捉えています。
 

その言葉そのものが帯びている響きと、
 
真摯に磨いて来た
自分の「心身の状態」がマッチしたとき、
 
はじめて〝腑に落ちる〟ということが
起きて参ります。
 

 
それが誰それの名言であれ、
それはその方の人生を生きた、
その血肉から絞り出されたものであり、
 
あくまでもその方の言葉です。

 
参考にするぶんには良いですが、
露天商のごとく、他人の名言シェアばかり
飾り並べたてる行為は、
 
権威的ステータスに ぶら下がり続けるようなもので、
それは自身の主体的に生きる力を 
どんどんと削いでいくものであり、
 

自身の内から溢れる、
本当の「自信」というものを
育てるものではありません。
 

 
教師に対するマナーと言っても良い、
質問の壇上に挙げる前の心得もそうですが、
 
まず、
 
自分はどう感じ どう考えるのか
 
基本感性である、
この心根が大切ととらえます。
 

この基本感性が、
誰のものでもない自身の人生を
主体的に生きていく、
 
わたしたちの力の源泉となるものです。
 
 

 
せっかくですので、上記を踏まえた上で、
私が松下幸之助氏の言葉で
深い感慨を持った一説を御紹介したく思います。
 

 
以下、
 
 
「宮本武蔵というのは、
どんな人だったか知らんけれども、
本を見てまあ知った範囲やけどな、
あの人は絵も描くな。
 
その絵が重要文化財になっている。
立派な絵をよう描いているなあと思った。
重要文化財になっているからそう思うのか知らんけど、
それほどにあの人は絵がうまいな。
 
 
ところが一方で、
絵だけやなくて剣がうまい。
〝剣聖〟やな。
 
その彼は学んだ先生があったかというと、
先生、師匠はいなかった。
宮本武蔵は自分で修めて、会得したんや。
 
だから君らも、言うなら、
〝あんたの先生は誰だ〟と聞かれたら、
〝先生はいない。先生はぼくや〟と答える。
そういうようにならないとあかん。

 
〝それは誰に教えてもろたんや〟
〝ぼくは自分で教えたんや。
塾生はみなそうや〟と。
〝みんなお互いに先生になり、弟子になり、
まあいわば交代しているんや。
 
そして今日をつくったんや〟と。
こういうことやな。 
 
 
そうやって、政治にしても経済にしても、
その他の文化的なことでも、
宮本武蔵のような修行をしないとあかん。
彼は修行してるわな。
 
鐘の音を聴いて、風が吹いてきたと知り、
その鐘の音によって、
何かを会得してるわけや。
 
〝ああ、風が吹いて寒いな〟
というようなことを考えていない。
 
~中略~
 
宮本武蔵という人には師匠はない。
そうやけど〝剣聖〟と言われるようになった。
彼はどの先生についたわけでも、
勉強したわけでもない。
 
自分で編み出したんや。
自分で剣の術を習得した。
自分で会得したわけや。
 
 
だから、諸君も宮本武蔵の精神に倣って、
自分で研究・工夫をしてね、
剣であれば宮本武蔵みたいになったらいい。
 
政治であれば、宮本武蔵みたいな
政治家になったらいいわけや。
 
全世界の人々にこうしたらいい、
こうしたら人間の幸せというものが
約束できるという信条を発見したら、
それを発表したらいいわけや。
 
 
そんな完全なものまでいかんでも、
これが今いちばん現世においては
最高のできやという論文ができたら、
それを発表したらいいわけやな。
 
きわめて簡単やろ、君(笑)
できないことはないで。
 
 

ぼくが松下電器(現 Panasonic)をつくったのは、
百円の元手やった。技術も何もあらへん、
学校へ行ってへんからな。
それがいつの間にか今日の松下電器ができたわけや。
 
最初に松下電器をつくったときに
そんな夢を言っていたらみんな笑いよったやろうな。
しかし日がたったらできたわけや。
だからね、できないことはあらへん。
 
 
ただぼくが成功できたのは、
最初にこれをやろうと思ったことは、
志しを変えなかったからや。
 
六十五年間、商売というものを一回もやめなかった。
もうそれ一筋にやってきたわけや。
金が払えん、非常に困ったというときでも、
一向に迷わんとやってきた。
 
それでついに今日の松下電器ができたわけや。
悲観するときがあったり、
思うようにいかんときがあったり、
迷うときがあったりしても、
 
いったん商売を始めた以上、
もうこれしかないというくらいに考えて、
運命をかけたわけや。」
 

『リーダーになる人に 知っておいてほしいこと』
松下幸之助 [ 述 ] 松下政経塾 [ 編 ] PHP研究所



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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

tag : 人間の可能性 心と体

DATE: CATEGORY:神さま
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それが千年以上の長きに渡り続いているということは、
 
機能的に無駄なく、
 
無理がないということです。
 

もっとさかのぼれば、
 
毎日が神事であり、
一万年の長きに渡り続いていたという縄文のコミュニティが、
かつてこの国には存在しました。
 
ひそかに欧米が着目しているように、
 
一万年続くほどに事足りていて、
 
機能的であり、
人々の暮らしに無理がなかったということでしょう。
 

 

それが伊勢神宮のように大きな社に関わらず、
 
鳥居のように
特別に目に見えた扉でもない、
 
一見、
機能的ではない構造物がある。
 

 
その開かれた、
オープンな空間のなかに
 
顕在的にも
 
潜在的にも
 
わたしたちの心身に及ぼす
良質のエネルギーが
 
確かに機能的に作用している。
 

 
神社神域とは
 
畏敬の念ある者ならば、
 
それが作用する「場」であり、
 
人を清浄(正常)たらしめ、
 
 
襟元を正して心身をクリアにする
 
道行きであります。
 

 
神なるものの二つの側面、
 
にぎみたま と あらみたま
 
調和 と 活動エネルギー
 

やさしさ と きびしさ
 
と分かりやすく捉えてもいいです。
 

 
調和だけでは 枠内に収まって
 
成長・発展、
 
そのための循環が実は働かない。
 

 
賢明な方は、これから述べること、
その問題点に既にお気づきでしょう。
 
一般に蔓延している、
スピリチュアルと呼ばれるものの概念は、
ほとんどがまとまりなく人心を惑わせ、
 
どっぷり浸かっていると、
人を腑抜けにさせるものばかりです。
 

何をどう選択して生きていくかは
もちろん自由(ほんとは自由ではない)
 
考えなしにいつまでも
どっぷり浸かっている方が悪いです。
 

 
 
至極、本質的なことを話せば、
 
信仰のリスクとも言える、
 
自分で考え、行動する力を弱めて、
 
他の何かに預け入れるように生きている方が増えている現実があります。
 

 
今や中毒性をもはらんでいる
外在のスピリチュアルなるものに関心を向けずとも、
 
それらで説かれているすべてが、
 
この国の深い歴史の層と
 
絶え間なく行われている神事のなかに
すべて生きている。
 

 
戦後以来、
いや、もっとさかのぼれば明治維新以降、
良かれと着手してきた近代化という流れのなかで、
 
それと気づかぬうちに
時間を掛けて腑抜けと成り、
 
目隠しをされるように見失っていった
 
わたしたち日本人の「神性」はどこにあるか。
 
向けるべき関心はどこか。
 
 
 
長い間、それと観てきたなかで、
 
歴然たる事実として、
 
外在のものに頼りすぎる者には、
 
人間生命力としての覇気・気骨というものがない。
 

先に述べたように、
自分で考え、行動する力、
 
生ききっていく力そのものが弱い。
 

生ききっていく力が弱いということは、
 
背中で語るように、
次代に何の姿勢も示し得ないということです。
 

 
 
すべてを一新する遷宮があるやうに、
 
取り戻すべき生命の息吹きとはなにか。
 
 
 
ひとくちに語り尽くせないことですが、 

あらためて感慨あるなかで、
 
やさしさ と きびしさ
 

神社神域の“凛とした”気風。
 
 
 
この凛とした気風こそが、
 
この国の、
 
わたしたち日本人の「神性」であることは、
間違いなく言えることです。
 

 
どこの国土地に足を向けようとも、
 
成層圏を突き抜けて宇宙に旅立とうとも、
 
 
帰属ベースを忘れ、
 
地に足根ざす豊かな重力の恵みを
ひとたび見失えば、
 

それが外つ国の関係であろうが、
個人の関係であろうが、
 
自他ともに認め 認められ
 
 
あなたは わたしは
 
地球の日本人であると どうして
 
凛と立って誇らしく言うことが出来ようか。
 

山下 俊行



tag : 人間の可能性 心と体

DATE: CATEGORY:神さま
ブサキ寺院


どこの国でもいろいろあるものです。
 
あぁ~、バリって癒される~・・
という観光気分だけではつまらない。
 

バリ合宿企画で、 
バリ・ヒンドゥーの聖地、
その総本山を訪ねました。
 

ブサキ寺院⑤


ブサキ寺院④


バリ土着の信仰と、
インドのヒンドゥーが習合されたものだそうですが、
 
本質の出会いであった名ガイドの
スカちゃん(笑)によると、
 
 
土着の信仰は
未だにバリ人の生活の基盤を成しており、

すべてバリの精霊と、
 
自分たちの祖霊信仰と、
 
その繋がりのための祭礼・・
 
「祭り」のために働くことが、
 
 
 
「土着」とは良く言ったもので、
 
彼らバリ人の、
地に足の着いた暮らしと成っていること。
 

この辺りは、
同じように自然崇拝・アニミズムと
祖霊信仰で形成されている
 
「神道 しんとう」を擁する
 
わたしたちのこの国でも、
 
 
世界標準という幻想支配に毒され、
 
人間としての生命力が、
 
アイデンティティーの未確率とともに
弱くなっている現実があります。
 

その生命力の低下、
 
穢れ・気枯れそのものを
 
次代のために
払拭していかなければならないと
あらためて感じるところです。


ブサキ寺院③

 
それともうひとつ、
バリはかつてのオランダ支配によって、
 
この土地の方々が積み上げて来られた
貴重な歴史的文献・文化資料を
意図的に消去され、
その歴史を塗り替えたのち、
 
オランダがバックである
傀儡 くぐつの王朝を擁立し、
 
上下の格差を植えつけ
コントロールしては、
 
本来、争いのなかったバリ人どうしを
分断した事実があること。
 

 
オランダだけではなく、
武器を売りつけて
今も世界各地で絶えない紛争を招いたり、
 
アフリカの「ルワンダの悲劇」もあったように、
これが巧妙に支配依存システムを確率するための、
「侵略」という行為であること。
 

そして実は、わたしたちの日本も、
土着の信仰が薄まることに始まり、
 
周到に現在までに連なる
文化浸食を受け続けていることは
見逃してはならないことですし、
 

またかつての満州国のように、
オランダがして来たことに近いような
傀儡国家の建設を、
わたしたちの
かつての一部勢力が試みたことも、
忘れてはならないところです。


単純に良い悪いではなく、
 
現代までに連なる事実を踏まえた上で、
 
わたしたちが、これからどう働きかけて参るか、

そのことに尽きると感じるのです。


ブサキ寺院①


ブサキ寺院②



テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

tag : 人間の可能性 心と体 写真

DATE: CATEGORY:神さま
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☯本日は「庚申 こうしん」の日、
かのえ さるです。
 
現代では、また地域によっては
あまり馴染みがないでしょうから、
わたしたち先人の足跡・由来の一端として、
少しお話しをさせていただきます。
 

 
私が現在住んでいる、何百㍍もの標高差のある街、
南信州は駒ヶ根市。

 
 
一昨年の5月、
ご縁あって横浜から ここ南信州に越して参りましたが、
道々、やたらと道祖神や庚申塔などの石碑が目につき、
気になってはおりました。
 
 
この辺りは昔から・・一番盛んに行われていたのは、
おそらくは天下泰平の江戸期だと思いますが、
「庚申信仰」が色濃い土地だったようです。

 
昨年は「大御食神社 おおみけじんじゃ フットパス」という、
 
「フットパス」とは、
イギリス発祥の地域交流とウォーキングが
セットになったようなツアーですね、
その事業に関わる貴重な機会をいただきました。
 
参加者の皆さまと歩いた地域コースの道中にて、
プチガイドよろしく
道々よく見かける庚申塔(こうしんとう)の
説明をさせていただきました。

 
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☯元々の起こりは中国の道教ですが、
陰陽五行のお話しを少ししますと、
 
60日にいっぺんの(アースノーマットではない)(笑)、
庚申(こうしん)の日は、
 
この世界の五つのエレメント「木・火・土・金・水」
 
 
そのうちの金・金が重なる…
 
「金」は五臓六腑でいうと「肺・大腸系」
心理でいうと「愁い うれい・悲しみ」に相当します。
 
このキン・キンのエレメントが
ダブルで重なってガッツンガッツンして(笑)
いろいろとトラブルを生みやすい日とされていました。

 
 
これは古代中国の身体のとらえかたですが、
人間は本来、
何事もなければ120歳まで生きるとされています。
 
 
 
体のなかには「三尸 さんし」という虫が住んでいて、
この庚申の日、
 
寝ている間に体を抜け出して天界に昇り、
最高神である「天帝」に、
普段の生活ぶりをいわゆるチクるわけですね。
日本で言うと、地獄の閻魔さまにチクるわけですよ(笑)

 
で、この三尸(さんし)の虫から報告を聞きつけた「天帝」が、
“なに?そんな悪いことしてるなら、そいつの寿命を削ってやろう”…
そしてひとつ削り、ふたつ削りと、
寿命を減らされていくと信じられていたのですね。

 
 
眠ってるあいだにその虫が体の外に出ていくなら、
じゃぁ、夜通し起きてたらいいじゃん♪と(なんと安直な)(笑)、
 
寝ないで無病息災を祈ったのが庚申信仰の起こりです。

それが平安時代に当時の貴族にも伝わりました。
紫式部や清少納言も
庚申の日は眠らなかったそうです(笑)

 
 
 
平安当時は寝ないだけで拝む対象はありませんでしたが、
鎌倉・室町と時代がくだるにつれて庶民にも広がり、
 
西から東へ
 
一番の最盛期は、
世相が安定して来たおそらくは江戸の時代、
 
 
神仏習合のなか、
次第に仏教色が強くなり、
 
主に青面金剛と呼ばれる不動明王に似た仏様を、
目に見えて明らかな御本尊に見立てて
人々は拝むようになります。
 
 
そして神道(しんとう)的要素や修験、密教、
道開きの神さま・猿田彦さまを起こりとする道祖神なども加わり、
複雑にそれらが融合して、
石碑を結界のように辻かどに立てるような風習となりました。
 
 

大体、庚申の日は、
夜通し宴を催し、そのあと勤行をして、
 
それは村の衆の信仰度合いのひとつの目安でしょうが、
3年18回をやりきり、
その証しとして庚申塔という供養塔を立てたのでしょう。

 
 
 
安直云々と、
上のようにちょっとふざけては書きましたが、
 
 
 
信仰とはポーズではなく、
人々の痛切なる想いから生ずるものです。
 

 
昔の人はこの国の土地空間にマッチした
自然の流れに沿った旧暦で生きておりました。
 
それはこの国の、主に米作り・・
農耕にマッチした暦でした。
 
 
 
五穀豊穣を祈り、収穫を祝い、
その恵みを神=自然に奉げて感謝を示し、
神=自然に繋がりながら、
毎日を丁寧に生きておりました。
 

 
人は畏敬(いけい)の念を忘れるからこそ、
 
「行事」というものを制定して、
 
神=大自然への畏敬の念を忘れぬように
システム化したのです。
 
 
もちろん精神の抜けた形だけのもの、
形のむくろ・形骸化したものをとりおこなっても
天地とは繋がりません。
 
 
 
自然は大いなる恵みを もたらすと同時に、
またすべてをさらっていくものでもあります。
 
 
このFB でも毎日たくさんのおいしいものが上がっておりますが、
 
そのむかし、
作物が穫れないということがどういうことであるか、
 
あした食べるお米が底をついて、
飢饉などで それが何日、何十日と続くときもあったでしょう。
 

 
 
この伊那谷には、
川の氾濫も しょっちゅうである
暴れ天竜とも呼ばれる天竜川が流れています。
 
その天竜川を、
ときには飢えで亡くなった方の遺体が流れ行き、
そういった光景を目の当たりとしながら、
武士でなくとも この土地の人々は
 
確たる「死生観」が育っていたはずです。
 

 
庚申祭りでイベントを楽しむ反面、
そういった「死生観」も、
信仰の裏には流れていたはずです。
 

 
〝恐れを知らぬ自惚れた人は 宇宙の力を悪魔に変えた〟
 
「僕と彼女と週末に」という浜田省吾の歌ですが、

 
 
この畏れ(おそれ)・・
わたしたちが畏敬の念を忘れたことと、
 
現代まで連なる
さまざまに起きて来た社会問題とは
決して無縁ではありません。
 

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天地自然の法則を生きるとは、
なにも遠大に地球を大切にしましょうなどの、
ピーチクパーチクと
プラカード掲げた訴え運動ではありません。
 
 
普通に わたしたちの生活のなかにあるものであり、
 
たとえば「食」ひとつ、
土地のもの、旬のもの
(季節の、自然の気のサイクルにのったもの)を
有り難くいただく。
 
 
手間を惜しまず自分の手をかけ、
自身の気息を通したものを
なるたけ摂り入れる。

 

「気をはる」「気に掛ける」「気配り」をする。

 
 
生活諸事において、
このことだけに努めるだけでも、
 
わたしたちの心と体というものは
かなり変わって参ります。
 

 
今回は、そんな庚申信仰のお話しでありました。
 


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tag : 人間の可能性 心と体

DATE: CATEGORY:神さま
 
Ancient people conceived that wind must be generated by a deity's breath.
 
古代人は、風は神の息から起きると考えていた。

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